40代からの博士課程留学

41歳でオーストラリア・メルボルンで博士課程留学(社会学)を始めた自分、現地小学校に通う子供のこと、家族での海外生活などを綴る。2023年3月帰国、フルタイムで働きながら博論執筆中。

博士論文の受理

今日、普通に仕事(テレワーク)していて、ふと携帯を見たら「WOO HOO Congratulations」というタイトルのメール。何かと思えば副指導教官から。これはもしや?と携帯で大学のメールを見たところ、大学院オフィスからThesis Certificationの連絡が。

Thesis Certificationのメール

ついに博士論文が受理された。めでたい。修正版を出したのは、先週木曜日。この日は年休を取って最後の仕上げと提出を実施。それから1週間たたずして、合格がもらえた。

 

4年前、このブログの記事に書いた通り、まだ博士課程が始まる前、知り合いの日本の国立大学の教授にオーストラリアの大学の博士課程に行くことを告げたら、「海外で博士号を取るのは難しいよ。うちの大学にしておけばよかったのに」と言われた。その先生にも報告しないと。難しいと言われたけど、私はやりましたよ、と。

 

fourty.hatenablog.com

 

これで私のPhDジャーニーは終わりになる。今は一つの節目、新たなスタート地点に立った気がする。正直、博士課程に進んだことで、博士課程に行く前よりも年収は200万円程度下がったし(ラインマネージャーからスペシャリストに降格)、仕事面ではプラスよりもマイナスの評価しか受けないのが博士号だけど、自分がやりたかったことだから、自分の中で達成感はある。

 

博士課程の終わりが見えるにつれて変わったのは、この博士号(とそれを取る過程で得たもの、学んだもの)を100%活かせる環境に自分を置きたいという思い。今の会社では、博士号を取ることを含め自己研鑽をすることは評価されない(悪い会社ではない。やりたいならやってもいいよ、という懐の深さはあるから)。こんなところにいては、この博士号を取るために使った時間と労力、オーストラリア(ビクトリア州)から支給してもらった1千万円以上のお金、家族の協力を無駄にしてしまう。私はこの博士課程で学んだことを今の会社で腐らせるわけにはいかない。次のアクションを起こす責任がある、というのが今の気持ち。