40代からの博士課程留学

41歳でオーストラリア・メルボルンで博士課程留学(社会学)を始めた自分、現地小学校に通う子供のこと、家族での海外生活などを綴る。

子供たちの春休み開始、ロックダウンの出口発表

色々書きたいことがたまっているのに、ブログを書きたいモードにならなくて間が空いてしまった。とりあえず新しいことから。今週から子供たちのスクールホリデー(略してスクホリ)開始。ロックダウン中だからできることは非常に限られている。もともと、Grampians National Parkに3泊で旅行する予定を立てていたが、当然キャンセル。でも移動できる範囲は自宅から5kmから10kmに拡大され、運動の他にレクリエーション(ピクニックなど)を目的とした外出も許可されるようになり、時間は2時間から4時間になった。10km半径になるとビーチが圏内に入ってくるので、半年ぶり?にでもビーチに行きたい。とりあえずこの範囲の中で楽しめることを見つけるしかない。

 

とは言っても、最近1週間は天気が悪すぎる。冬に逆戻り。今日も雨の予報。気温は10度前後という寒さ。台風並みの風が吹いて嵐のような日もある。うまくいかない。晴れていても強風。先週金曜日にインタビューのためにキャンパスに出かけたが、自転車に乗っていたら突然の横風でなぎ倒されそうになり、とっさに自転車を降りた。結構怖い思いをした。メルボルンの天気はいつも変だが、特に春はおかしいのかも。

 

最近子供たちのことを記していなかったので、Term 3の出来事を書いておく。Term 3は10週間あったが、そのうち学校に行けたのは2週間のみ。8週間は自宅学習。ちなみに昨年はTerm 3は10週間全て自宅学習だった。今回、ニュースでもよく目にしたし、自分の周りでもあったことは、子供のメンタルヘルス。昨年のロックダウンではDVがよく話題になっていたが、今回は子供たちのメンタルヘルスが非常に問題視されていた。私も身近に感じた。

 

実際、子供たちが通っている小学校でも、何人かがメンタル不調になっていたようだ。統計を取っているわけではないが、色々なところから入ってくる情報から考えると、一クラス(20~30人)に1~2人の子供がメンタルの不調を顕在化させているように思う。実際、長男の友達でも気持ちの問題で自宅で勉強できなくなり、医師にレターを書いてもらって学校に登校できるようにしてもらったケースもある。ロックダウン中、親の仕事の関係で自宅学習できない子供、障がい児やvulnerableな子供(適切な日本語がない)は学校に行くことが許可されている。ちなみに学校に行ったとしても勉強を教えてもらえるわけではなく、自宅学習と同じで与えられた課題を自力で進め、担任の先生に提出するという形。別のケースでは、担任の先生から「クラスに1人、うつ症状を示した子供がいるから、あなたの家庭の子供にも不調がある場合は、先生に相談するかカウンセリングを受けてください」というお知らせが来たり。他にも、子供がふさぎ込んでいるから、(州のルールでは許可されていないけど)偶然を装って公園で友達と会わせてくれないかという話を聞いたりもした。これ全部小学生の話。

 

この6回目のロックダウンは子供たちへの影響が顕在化したように思う。大人もつらいけど、子供たちにしわ寄せが行き過ぎている。我が家の場合は、長男は比較的ハッピーな感じで、英語がわからず癇癪を起すこともしばしばあったが、勉強のハードルを下げていたこともあって、メンタル面は大丈夫そうだった。真冬なのに半ズボンを履いて毎日夕方2時間公園で遊んでいた。友達と電話しながらNitendo Switchを一緒にやったり、ZoomでYoutubeを見せ合ったり。一方、次男はちょっと危ない感じだった。最後の2週間、自宅学習をやろうとしても向き合えない。得意な日本語もやりたくない。そんな状態だったので、学期の最後のアセスメントも散々。普段ならちゃんとできることが、気分のせいで全然できない。もう机に向かって勉強できないメンタルの状態。普段なら100点取れるような課題でも、最初の1~2割をやるのに精いっぱい。仕方なくその状態で提出。無理してやらせるよりも、先生に状況を知ってもらうことも必要な気がしたし、正直子供がメンタル疾患になるくらいなら、勉強なんて二の次で良いと思った。

 

そして今週から春休み。ホームスクーリングがないだけ、子供も大人も少しリラックスできる。私自身も怒りの感情、イライラや焦りがましになる。抜け目ない長男は、春休み中、僕は暇だ、仕事を邪魔されたくなければこのおもちゃを買ってくれ、と脅してきた。もちろんそんな言い分は聞かない。そういうのは脅迫と言うんだよ、欲しいなら自分の小遣いで買えば、と返す。長男はたくましい。

 

そしてロックダウンの出口までのロードマップが一昨日に発表された。ABCニュースのLive放送をYoutubeで視聴。取り急ぎ、最大の関心事である小学校の再開も事細かに含まれていた。16歳以上のワクチン接種率の進捗に合わせて段階的に規制が緩和される。小学校については、10月18日ごろからPrepと小1~2年生が開始。ただしPrepは月~水の3日、小1~2は木金の2日のみ。そして10月26日ごろから他の学年も段階的な登校が開始される。

 

ここで混乱が生じている。学年によって登校できる日が決まっている。

  • Prep 月~水
  • 1-2年生 木、金
  • 3-4年生 火、水
  • 5-6年生 木、金

f:id:aruimk:20210921074010p:plain

https://www.coronavirus.vic.gov.au/victorias-roadmap

 

うちの長男は5年生だが、4/5という複合クラスにいる。1クラスの中に4年生と5年生の両方がいるが、どうするのだろうか?学校も悩んでいるかもしれない。できれば、5年生の登校日に合わせてもらえると、1年生の次男と同じ日に登校できて、我々(私と夫)は木曜日と金曜日がキッズフリーデイ(仕事に集中できる日)になる。そうでない場合、登校する子供用に弁当を週4で作りつつ、すべての日で子供のどちらか、もしくは両方が自宅学習ということに。普段そこまで顕在化していないが、子供がたくさんいればいるほどロックダウン中の親の負担は増える。これじゃあまり意味ないなあ、と思ったけど、きっと子供のメンタルヘルスを考えて、かなりリスクを取った施策な気もするので、文句言えない。週に2日だけでも登校できれば、多くの子供たちは気持ちが明るくなると思う。

 

そして11月5日頃になれば、すべての学年がすべての曜日で登校できるようになる見込み。あくまで見込みなので決まっているわけではないが、光が見えてきたのはうれしい。学校さえ開いてくれれば、私もパートタイム学生からフルタイム学生に戻ることができる。そうなるまであと1か月半か…。まだ先が長いなあ。

 

インタビュー2社目、登校許可証の発行

一昨日の金曜日は、オーストラリア企業2社目のインタビューだった。この企業が私の研究に参加してくれることになった経緯は、LinkedInで「社名、分野名」を検索して出てきた人に直接メッセージを送り、その返信のやり取りから受けてもらえることになったというもの。おまけに、彼女は自分の上司も誘ってくれて、1対2のインタビューとなった。

 

今回、インタビューを行うにあたって、大学に登校許可証の発行を申請し、無事受理されたので、大学の図書館で行った(もちろんZoomで)。ロックダウン中のメルボルンでは、大学生や大学院生、大学の教職員も基本的にキャンパスへの登校は禁止されている。例外として医薬看護系等の一部の学部のさらに一部の人たちが登校を認められているだけ。ただし大学の図書館は自宅で勉強や研究ができない学生のために時間短縮して平日のみ開館している。自分の研究にとって、オンラインインタビューでのデータ収集をこの時期に行うことが計画通りに博士課程を進めるために必要な事なので、大学の事務局に登校許可の申請を行った。

 

登校が必要な理由として、①オンラインインタビューのために安定したインターネット接続が必要なこと(家のインターネットは不安定)②小学生の息子2人がホームラーニング中なので、インタビューを邪魔する可能性があること、の2つを挙げた上、自宅からキャンパスまでは5km以内であることとインタビューがない日は基本的に自宅作業をする予定であることを書き添えたら、すぐに許可が下りた(ただし、オーストラリアあるあるの事務手続きミスがあり、肝心の許可証自体の発行は10日間程度ストップしていた)。

f:id:aruimk:20210912075646p:plain

Victoria州の許可証フォーマット
https://www.coronavirus.vic.gov.au/authorised-provider-and-authorised-worker-permit

 

キャンパスに登校するときには常にこの許可証と学生証を携帯することが求められている。金曜日の朝、図書館に行ったら、入口にいたセキュリティガードにじっくりと中身を確認された。許可証は2枚つづりで2枚目に許可された曜日や時間の記載があるが、その内容までちゃんと確認していた(ちょっと感心)。学生証と許可証に加えて、スマホQRコードを読み取り(Vic州共通)図書館への入館登録を済ませる。単に大学の図書館に入りたいだけなのに、学生証、許可証、スマホの3点セットが必須となってしまった。

 

許可を受けた学生しか図書館に入れないため、案の定、図書館は空いていた。とはいえ、全然人がいないというわけでもなく、一定数の学生が許可を受けていることが見受けられた。みんなどんな理由で申請したのだろう?シェアハウスで自室がないとか、インターネットがないとかだろうか?

 

予約していた個室に入って準備。今回は相手が2人なので少し気が楽だ。1対1よりも自分が話す割合が少なくて済むはず。前回のインタビューの教訓から、会話が途切れたり、上手く聞き取れなかったときに備えて、企業の開示情報を細かく読み込み、ピンポイントで聞きたいことをいくつかリストアップしておいた。今回の企業はメルボルンに本社があり、当然2人とも自宅の部屋から参加してくれている風だった。しかも偶然2人とも私が今所属している大学の卒業生だった。

 

今回のインタビューの自己採点は80点くらい。相手が2人いたことで、聞きたい内容をかなり幅広く、また深くカバーできたので良かった。問題は、相手が英語を話すスピードが早すぎて、私の理解が追いつかなかったこと。ネイティブが2人いると、おそらく普段の自分たちの会話のスピードになるので、ノンネイティブの自分にはついていくのに苦労する。前回の1対1のインタビューでは9割以上相手の言っていることが理解できたが、今回は正直7割くらいしかわからなかった。とはいえ、インタビューは録音しているので、研究上は全く問題ない。

 

驚いたのは、もともとLinkedInを通じてOKの返事をくれた方の人がすごく協力的で、なんとインタビューの終盤、こういうテーマを聞きたいのなら、ここをチェックしてみたら、と特定の団体名を教えてくれた。「そうしてみます」と答えて、家に帰った後にメールを見たら、その人が自分がおすすめした組織の担当者にメールをしてくれていて(私はCc)、「今日、●●(私の名前)というPhD学生のインタビューに参加したけど、彼女はあなたの話にも興味があると思うので、良ければインタビューを受けてみて。」と紹介してくれていたこと。これにはびっくり。

 

その返信として、相手から「研究の詳細を送ってくれれば検討しますよ」との返事あり。急いで、説明資料等一式を送ったらあっさりOKになって、来週インタビューをすることになった。実はその組織はオーストラリアで誰もが知っているが、企業ではないため(上場していないため)、研究の対象に入れていなかった。実際、論文の中でどのように取り扱うのかは指導教官に相談してみるが、せっかく紹介してくれたので話を聞いてみたいと思う。これでオーストラリア企業は9社が確約、プラス2社がペンディングで、日本企業よりもN数が多くなった。

 

もう一つ驚いたことがある。昨日、さっそくインタビューの内容の文字起こしを始めたとき、自分が聞き取れていなかった会話の中に面白い内容が入っていた。インタビューの最中、2人が笑っているときがあって、正直自分はその会話が聞き取れずに流していたが、録音を聞き直してみると「You can come and work with XX(インタビュー企業名)after this conversation! 給料はこの人(上司)が払うから!」と言っている。そして2人でワッハッハと笑っていた。もし聞き取れていたとしても、こういうジョークに対してどうやって返答するのが良いのか分からないので、結局流していたように思う。ジョークだと分かっているが、そう言ってもらえたことが素直に嬉しかった。

 

その後、インタビュー先を紹介してくれたり、参考になりそうな情報源をメールで送ってくれたり、なぜかすごく協力的な人で本当にありがたかった。ロックダウンが終わって、いつか実際に会ってお礼が言えたらいいな。こんな人もいるんだ、と嬉しい驚きだった。インタビューの最後に「あなたのレポートを読んでみたい。いつ頃できそうなの?」と聞かれたので、ドキッとした。研究としてまとめるだけではなく、協力者にちゃんとフィードバックしないと、と改めて身が引き締まった。それを聞いて、日本企業向けのフィードバック資料を早速来週から作ろうと思った(日本企業はほぼインタビューが終了しているため)。

 

ただ、英語のインタビューを文字起こしするのは本当に時間がかかり、頭がすごく疲れる。正直、10分から15分くらいしか集中力が持たない。今回の2人の英語は早口であること、言葉をつなげて話す癖があるので、何度聞き直してもよくわからない部分もあり、前回の人よりも時間がかかっている。だんだん慣れてくるのかもしれないが、進みがとても遅い。日本語のインタビューの場合、1時間のインタビューを文字起こしするのに3時間程度で済むが、英語だと倍の時間がかかる。つまり、10分間の会話を文字に起こすのに1時間かかるという…。ちなみにワード数としては、10分間で1,000~1,500 wordsくらい。1時間弱のインタビューで、7,000~8,000 wordsになりそう。

 

しかしこの作業は、発言者の内容を正しく理解するという研究にとって必要なプロセスであるだけでなく、自分にとって最高の英語学習の教材にもなるので、時間はかかるが外注しなくて良かったと思っている。文字起こしをしていて改めて思うが、自分が知らない単語は聞き取れないということ。いくつか新しく学んだ単語や表現があるので、今度記事にしてみようかなと思っている。

オーストラリア企業へのインタビュー、新しいボランティア

先週はブログを書きそびれてしまった。自分の記録のためにも1週間の出来事を簡単に振り返る。

 

①オーストラリア企業への初インタビュー

先週2件予定していたが、1件は先方の体調不良により当日朝にリスケ、今週に予定している。もう1件は予定通り金曜日の朝に実施。相手は私が送ったリクルーティングメールに対して一番最初に返信をくれた人。シドニーにあるインフラ系の会社で働いている。日本の会社で言うと本部長~執行役員レベルの役職にある50代半ばの男性(LinkedInを見ると大学卒業年から大体の年齢がわかる)。

 

インタビューに対する自己評価は65点くらいかな。失敗はなかったけど、やっぱり言語が不自由なせいで、相手に安心、リラックスしてもらい、なるべくその人なりの言葉で話してもらうことで、外向きではない本音や内情を引き出す、というところには持っていけなかった。ただこれは相手との相性や相手の性格にもよるので、日本語でのインタビューでもいつもできるわけではな。日本企業相手のこれまでの感触では7割程度の人は心を開いてくれたが、3割程度は外向きの答えしかくれなかったように思う。

 

今回のインタビューの相手はそれなりに立場の高い人だから、インタビューを受けたり、会社のスポークスパーソンとして話すことに慣れている。こちらの質問に対して簡潔に答えてくれる一方、脱線がほとんどないので、会話のキャッチボールが早くなる。半構造化インタビューになるので、相手の答えがコンパクトに返ってきたとき、その内容を深掘りしたり、別の角度から聞き直してみたりするが、そのアドリブ質問がどうしてもたどたどしくなってしまった。

 

とはいえ、聞きたいことは最低限カバーできたので、初めてのインタビューとしてはOKを出して前に進みたいところ。現在、文字起こしをしているが、そんなに癖がない英語で聞きやすいし、耳で聞いた言葉を文字で起こすことで英語の勉強になっていたりもする。会社の年次報告書に数年分目を通し、自分の中でその企業の知識をためておくことで、質問や会話が途切れるようなことはなかったのは良かった。

 

相手の人はシドニー在住なので、メルボルンと同様にロックダウン中。自宅から参加してくれていたが、未就学児の息子さんがチラチラと画面に写りこんで、私としてはほっこりしたが、その人はそれに対してちょっと不機嫌になっていた。大学内のZoom会議だと、学生でも教職員でも会議中に子供や猫がうっかり写りこんで、少し会話が中断した場合でも「あ、ごめんねー」「いいよいいよ、大変だよねー。何歳なの?」みたいなノリだけど、企業だとそうではないのかな?立場が高い男性だからかな?私が「彼はホームラーニング中ですか?」と聞いたら「Not for this one. He is still in daycare.」みたいなバシッと短い回答が返ってきただけなので、それ以上は聞かなかった(ニュアンスから、上にホームラーニング中の子供がいると思われた)。家に子供がウロチョロしていたり、ホームラーニングのサポートもしないといけない状態で、責任がある仕事をしなければならないことにストレスを感じているんだな、と思ったが、そんな状態でも私のインタビューを受けてくれたということにありがたく感じた。

 

②新しいボランティア

時間がないと言いながら、新しいボランティアに参加。所属する大学の大学院生のアソシエーションが、ボランティアプラットフォームと提携して、オンラインでもできるボランティアのプログラムに簡単に参加できるようになった。何気なく登録して画面を見てみると、英語から日本語への翻訳を求めている団体があったので、少し迷ったが申し込んでみた。

 

早速相手から返事があり、電話で話しましょう、とのこと。電話は苦手なので嫌だなー、と思ったが、英語でのインタビューの数日前だったこともあり、全く知らないオージーと英語で会話する練習にもなるか、ということで電話してみることに。相手は気さくでエネルギッシュな女性で、とても話しやすかった。お互い理解したので、正式にそのプロジェクトを受けることに。ソーシャルベンチャー企業のフライヤーを日本語に訳すというものだが、初めてCanvaというデザインアプリを使った。

 

私にとって翻訳はボリュームも少なかったので難しくなかったが、Canvaという新しいソフト(アプリ?)を使ったのが新たな経験となった。これがあればイラストレーターが無くても簡単なデザイン作業はできてしまうのでは、と思った。使い勝手もよく、パワーポイントを使える人であれば、直感的に操作できるような感じ。プロジェクトもプラットフォーム上でシェアできるので、とても簡単。

 

当初10時間程度の作業量とのことだったが、1時間もかからずに終わったので、念のため1日寝かして、再確認してから提出。納期よりも1週間くらい早く提出したので喜んでもらえた。あっという間にプロジェクトがクローズした。なかなか面白い体験だった。こちらでは新卒で仕事を得るのが難しいので、学生のうちにボランティアやインターンシップ経験を重ねることが学生にとっても重要なことになっているらしい。私もこのボランティアプロジェクトに参加した見返りとして、このソーシャルベンチャーからレファレンスがもらえる権利を獲得した。

 

f:id:aruimk:20210906072852j:plain

ボランティアプラットフォームから自動的に発行される証明書

③日本の学会のワークショップに参加

火曜日と金曜日の夜、日本の学会の研究法ワークショップに参加。ちゃんと研究法について教えてもらった経験がほとんどないので、色々と参考になる点も多くてありがたかった。私が昨年、適当に大学の図書館で借りて読み込んでいた社会学系の研究手法の教科書が、ちょうどそのワークショップでおすすめされていてびっくり。自分が使っていた教科書が良いものだったらしいということが分かって安心した。

 

研究法ワークショップでは、3年ほど前に企業事例を講義しに行った大学の受け入れ先の教授もいて、改めて世界は狭いな、と思った。その大学は大阪にあったので、2時間程度の講義のために新幹線に乗って出張できて楽しかったな。コロナが無い時代の話。

 

ただ、ワークショップは日本時間で夜7時半から9時まで、メルボルンだと夜8時半から10時までと少し遅い時間。10時過ぎまでパソコンに向かっていたせいか、翌日頭痛と倦怠感。翌々日にも影響があり水曜日と木曜日はほとんど使い物にならなかった。普段から頭痛はたまにあるが、倦怠感があったのはひょっとしてワクチンの副反応だったのかも。土曜日に接種して、特に熱もなく過ごしていたが、少し無理をしたことで身体に出たのかもしれない。

 

相変わらずロックダウン中のメルボルン。もうワクチン接種しか出口がない感じになってきたので、これはブエノスアイレスを抜いて、ロックダウンが世界一長い場所になるだろう。だんだんと季節が春めいてきたのがせめてもの救い。外出できないからBBQコンロを買って、庭でBBQでもしようかと考えている。

f:id:aruimk:20210906074357j:plain

庭の真ん中にあるアプリコットの木の花がやっと咲いた(桜みたい)

f:id:aruimk:20210906074450j:plain

近所の魚屋で買ったタスマニア産の生ガキ(写真を撮る前に1つ食べられた)

 

ファイザー2回目接種、ワクチン接種証明

昨日、無事ファイザーの2回目を接種してきた。場所は1回目と同じ競馬場。

 fourty.hatenablog.com

 

 1回目と違うことは、人数の多さ。4週間前は、まだ大規模接種会場(ワクチンセンター)では39歳以下の接種ができない状態だったが、その後、アストラゼネカであれば、18歳以上39歳以下も接種できるようになり、さらに先週、16歳以上39歳以下もファイザーを接種できることになった。この4週間で一気にワクチン接種の対象が拡がった。

 

相変わらず、電車の駅から会場まではガランとしていたが、接種会場が近づいてくるにつれ、見えてくるのは前回とは明らかに違う数の人。

f:id:aruimk:20210829082408j:plain

若者もたくさん接種会場に来ていた

予想通り、今回は20代や30代と思しき人達が列をなしていた。接種を受けに来た人は倍以上になっているが、スタッフも倍以上いて、場所も広いので、実際に待ち時間はほとんどなく、スムーズだった。接種会場も前回と同じだが、スペースが倍に。前回とは別の部屋に案内され、1回目を接種した場所とミラーのような構造でブースが30個ほど並んでいた。

 

接種してくれたのは今回も金髪の女性看護師だったが年齢は私と同じくらい?40代に見えた。前回の人と違って、早口英語だった。2回目だから説明はかなり簡略化されていた。その代わり、接種証明の取得について簡単に説明してくれた。Medicare(オーストラリアの国民保健)を持っていない人は、別途オンライン上で申請する必要があるらしい。

 

実際の注射は前回よりも痛く感じた。これって、巷で言われている看護師の上手い下手ではなくて、たまたま神経の近くに針が刺さっているかどうかの違いなのかな、という気もした。針がチク―と刺さる感じ。とはいえ、痛みレベル10段階中2くらいかな。全然大したことない。また接種時間が書かれたシールを胸に貼って、15分間の待機。前回は待機スペースもガラガラだったのに、昨日は結構人が座っていた。

 

接種会場を出たらさらに人の列が長くなっていて、100人くらい並んでいた。私は午後一の時間を予約していたので、まだましだったようだ。到着してから会場を出るまでの時間は約30分。うち接種後の待機時間が15分あるから、人が多いわりにオペレーションはかなりスムーズだったと言える。帰りも駅に徒歩で向かう。99%以上の人が車で来ているみたいで、ワクチン会場にはあんなに人がたくさんいたのに、誰一人として駅に向かう人がいなかった。車社会。

f:id:aruimk:20210829082655j:plain

競馬場の最寄り駅はシンプルな無人

ワクチン接種後、余裕があったので駅から家の途中にあるColesで足りない食材を買い足した。その後、スーパーの横にある酒屋に(接種当日は飲酒しないけど、翌週のためのストックを購入)。私はいつも通りワインを買ったのだが、後ろで並んでいるオージーとみられる白人女性2人組(親子?)がカウンターにドン!と置いたものを見てびっくり。サントリーの酎ハイだった。これまでアジア食材店に売っているのは見たことがあったが、ついにColesでも取り扱い始めたようだ。私はキリンの氷結は好きだが、サントリーの酎ハイは好きではないので、買わなかったが。少しアルコール度数が強いのもあって、売れているのかな。

 

f:id:aruimk:20210829083222j:plain

350ml缶4本で20ドルと少しお高め

 

ワクチンの話に戻って、気になる2日目の副反応は今のところ腕の痛みだけ。痛みレベル3。前回よりも痛くない。前回は服を着替えたりシャワーをしたりするのにも難儀したが、今回はそこまでではない。もうすぐ丸1日経つけど、倦怠感や頭痛、発熱も特になし。ただ副反応は24時間後から出る場合もあるらしいので、このままで済むのかどうかは分からないが。

 

予想に反して元気があるので、さっそく接種証明の取得手続きをしてみた。やってみたら簡単すぎて拍子抜け。まずMyGovのアカウントを取得して、そこからIndividual Healthcare Identifier (IHI)をダウンロードするだけ。ものの5分で完了!必要なのはパスポート&ビザもしくはオーストラリアの運転免許証。私はVictoria州の運転免許証を持っているので、その番号を入れただけ。

www.servicesaustralia.gov.au

 

これで晴れてFully vaccinatedを証明できることになった。接種の翌日に自分のパソコンで簡単に証明が取得できるのは便利。オーストラリアのIT化はいいね。これが今後どういう場面で必要になるのかはまだわからないが。とりあえず自分の記録がオーストラリア政府のシステムにちゃんと登録されていることが分かって安心した。

f:id:aruimk:20210829082053j:plain

PDFの接種証明

 

 

 

オーストラリア企業のリクルーティング

最近の研究の進捗を記録。フルタイムで働けていないので進捗は芳しくないが、この2週間で一番大きな収穫は、研究のデータ収集に必要なオーストラリア企業のリクルーティングが何とかなってきたこと。以前の記事にも書いたが、当初、日本、オーストラリア、イギリスの3か国に本社がある世界の大企業500社のうち、条件を満たした企業をリクルートする予定だった。手始めに日本から初めて7社から協力を取り付けた。

 

ところが、イギリスの企業のリクルーティングが全然うまくいかず、5月頃?に方向転換。世界の大企業500社のリストをベースに対象国を拡げようとEthicsも出し直して承諾されたが、国がバラバラになりすぎると分析が複雑になるという懸念が出てきたため、対象国を日本とオーストラリアの2か国に絞ることに。その場合、オーストラリアの企業の母数が5社と少なすぎるため、スコープをASX100というオーストラリア証券取引所への上場企業のうち時価総額上位100社に拡げて、Ethicsも出し直し、再スクリーニング。結果、調査対象の条件を満たしたのは48社あった。

 

この48社に対して、公開されているメールアドレスや企業ホームページのお問い合わせフォーム、LinkedInを通じて調査依頼を送付。3社が調査への協力をしてくれることになった。これではまだ足りないので、今週の指導教官とのミーティング時に相談したところ、先生が2年前に行ったインタビューの対象者リストをシェアしてくれた。その対象者がまだその企業で働いているかどうかをLinkedInでチェックしたのち、その人達に直接メール送付。結果、追加で3社が承諾してくれた。この他に、以前指導教官経由でコンタクトした2社もインタビューを受けてくれることになっているので、この後断られなければ合計8社を確保したことになる。ただし、うち1社は来年じゃないと難しい、と言われているので外す可能性もある。

 

指導教官の協力もあり、日本企業と同じくらいの母数を集められそうで一安心。各企業に対して複数人のインタビューをする設計なので、まだハードルは残っているが、何とかこのアプローチで進めそうだ。今回、オーストラリア企業のリクルーティング作業をしていて、いくつかの学びがあった。

 

① 英語での(ちゃんとした)ビジネスメールのやり取りの経験が少ないこと

日本で働いていた会社では、私はグローバルプロジェクトの取りまとめをしていたこともあるので、他国の担当者と英語で会議したりメールのやり取りをしたりすることはしょっちゅうあった。しかし、日本に本社があるグローバル企業なので、相手側(海外の子会社)は、日本人の下手くそな英語にかなり慣れている。多少メール文がおかしくても意味が通じれば良いという感じだったので、あまり気にせずにやり取りしていた。

 

一方、今回は私が日本人で英語ネイティブではないことは全く言い訳にならず、自分の研究への協力をオーストラリア企業で働く人たちにお願いする立場。依頼する時点で私の英語がおかしいことが露呈すると、協力してくれる企業がいなくなるのでは、と不安だった。最初のリクルーティングメールは倫理審査委員会に承認されたものなので、それをそのまま使うとして(指導教官チェック済み)、その後のやり取りは1社ずつ異なる。間違った英語を使っていないかどうか、何度もチェックしてからメールを返信していたので、いつも以上に時間がかかった。

 

② オーストラリア企業はビジネスメールもフランクかつ効率的

まずフランクという点について。最初、依頼企業のフォームやコーポレート窓口のメールに送るときは個人名ではなく部署名等を書いて送付するが、返信が必ず、Hi (私の下の名前),と書かれている。いきなりファーストネームで返信が来るし、Hiから始まる。こちらが堅苦しく返信するのもおかしいのでは思い、返信の時、私もHi (相手のファーストネーム), から始める。でもこれで良いのだろうか、と少し不安になる。

 

あとはメールの内容ややり取りに無駄がない。一番効率的な人は、私が出した最初の依頼メールに対する返信で、協力を承諾する旨を伝えるだけでなく、サイン済みの同意書を添付し、インタビュー候補日時を提示してくれる。そうすると、インタビューまでのコミュニケーションが1往復で済んだ。他の人からのメールもほとんどが短く、余分なことが書かれていない。日本企業とのやり取りでは、何度かメールをやり取りして、丁寧な説明をしたり、場合によっては事前のZoom会議をしたりもしたが、オーストラリア企業はとてもあっさり。このスタイルは無駄がなくて良いなと思った(私が返信するメールもあっさりを心掛けているが、無礼な感じにならないように気を使ってもいる)。

 

③ 責任ある立場の人もパートタイムで働いていたりする

これは一番面白い発見。やり取りしている相手は、最低限マネージャークラス以上、肩書としてはHead of XXという人たちもいるが、何人かはパートタイムで働いていた。メールの署名に「私は何曜日と何曜日のみ働いています」ということを書いている人もいれば、返信で自分が働いている曜日を教えてくれる人もいた。私の指導教官も実際今年の7月から、週5日勤務から週3.5日勤務にしている。こういう働き方は本当に羨ましいと思った。

 

日本にいるとき、年収が半分もしくは3割減になっても良いから、仕事する時間も半分もしくは3割減にしたいな、と常々思っていた。日本企業で働いていると、フルタイムで働くだけでなく、残業までしないと責任ある立場、責任ある仕事に就くことが難しいのが現状。週3日や4日働くどころか、週5日で働いていても、時短勤務者が昇進しにくかったり、責任ある仕事を任せてもらいにくいことなど、当たり前にある。

 

私自身、子供が生まれてからもフルタイムで働きながら管理職になったが、ほとんどの管理職が当たり前にしている長時間労働をすることができず、いつも後ろめたく感じていた。一方、自分の部下に総合職で時短勤している人が2人いて、彼女たちにも時間制限がある中でも責任ある仕事を任せながら(そうしないとそもそも仕事が回らないから)、成果をきちんと評価していきたいと思い、人事に何度か相談や質問をしていた。

 

週5日みっちり企業で働くよりも、例えば4日間は企業で働いて、残りの1日は育児に限らず、ボランティアや趣味、勉強、副業などに費やせて、組織に属しながらも柔軟に働く道もあれば良いのにな、と以前から思っていた。今回、オーストラリア企業の人たちとやり取りしていて、それがすでに実現していることが分かり、うらやましく思った。スキルと経験があれば、そういう働き方でもやっていけるんだということがわかる。

 

そういうことが垣間見れたのがすでに自分にとって学びになっている。インタビューは来週2社予定している(先週の記事で今週としていたのは間違い)。今日、2回目のワクチン接種があるので副反応で熱が出て動けなくなることも想定し、今週中に2次情報をもとに企業研究をして、原稿の準備もしておいた。とはいえ、半構造化インタビューなので、インタビュー中に深掘り質問をする点は、ぶっつけ本番になる。うまくいくと良いな…。

 

 

 

 

メルボルン200日目のロックダウン

先週木曜日、メルボルンはロックダウンから通算200日目を迎えた。そしてその記録は今も更新中。200日というのはおおよそ7か月。驚きの数字。ABCニュースではご丁寧に1回目のロックダウンから振り返りをしてくれていた。

www.abc.net.au

 

日数だけまとめると以下。

  • 1回目:2020年3月30日から43日間
  • 2回目:2020年7月8日から111日間
  • 3回目:2021年2月12日から5日間
  • 4回目:2021年5月27日から14日間
  • 5回目:2021年7月15日から12日間
  • 6回目:2021年8月5日から15日間で現在進行中

 

やっぱり111日間続いた2回目が一番つらかったなあ。6回目はこの数字を更新しないことを祈っている。4回目、5回目、6回目はデルタ株。よく4回目と5回目を抑え込めたな、と今となっては感心する(5回目は抑え込めていなかったのかもしれないが)。

 

日本ではロックダウンしても意味がない、という論調があるけど、半分正解で半分誤解があるように思う。厳しいロックダウンをほとんどの住民が守ることができれば、封じ込めは可能のようだ(もちろん経済的な補償とセットにはなるが)。実際にオーストラリアのいくつかの街では、うまく封じ込めしている。一方で、メルボルンシドニーなどの大都市ではそれが難しいことも明らかになってきた。理由は皆が皆、規則を守るわけではないから。多民族国家特有の言語や文化、宗教の多様性が裏目に出ているケースも見受けられる。政府の発表を聞いていると、一部ロックダウン規制を守らない人達がいるせいで、感染の抑え込みができていないという風に受け取ることができる。

 

昨日もロックダウン中のメルボルンシドニーで大規模な反ロックダウンデモがあり、多くのデモ隊が警官と衝突していた。政府はSelfishな行為だと批判。デモ隊の中には親に連れられた子供もいて、催涙ガスのようなものを浴びて目が明けられない様子もテレビで放映されていた。なんかニュースを見て悲しくなった。こんなことしても、得をするのはコロナウィルスだけ。デモ隊も警官も密になって、これじゃあコロナの思うつぼ…。一歩引いて見ると、ウィルスのせいで人間同士がいがみ合っているのは滑稽にも見える。星新一ショートショートに出てきそうな話が現実に起きてしまっている。あー、なんだか星新一の本が読みたくなってきたな。全部日本に置いてきてしまった。

 

ちなみに200日をマークした木曜日にはこんなニュースも。

9now.nine.com.au

 

世界中を見渡して、木曜日時点ではメルボルンがロックダウンの期間が4番目に長い都市らしい。

  1. ブエノスアイレス 234日
  2. ロンドン 207日
  3. チェコ 201日
  4. メルボルン 200日

 

現時点では、203日目になるので、チェコを追い抜いて世界で3番目。そしてロンドンの207日も追い越す予定なので、2番目に躍り出る。ロンドンのロックダウンは長いイメージがあったけど(オーストラリアでもイギリスのことはよく放映されるので)、ブエノスアイレスチェコについては全然意識していなかったので、意外だった。世界広しと言えども、200日以上ロックダウンをしているところはそんなにないようなので、これもある意味貴重な経験になるのかな…。しなくて良い経験だけど。そして1位のブエノスアイレスも抜いてしまうのではないか、とヒヤヒヤしている。

 

最近はロックダウンに慣れすぎて、あきらめにも似た感情。すべてのことがちゃんとできなくて当たり前だと思っている。ある程度適応してきたのかもしれない。7か月間、息子2人はまともな教育を受けられず、夫は仕事を外注する割合が増え(それにより収入が減り)、私はパートタイムの学生をしている。1日8時間で週5日稼働するというのがノーマルだとすると、約半分の時間しか研究に充てられていない。単純に計算すると、200日×5/7日×4時間=571時間分の研究時間をロスした。昨年のロックダウンの最初の頃は睡眠時間を削ったりして、何とか8時間を維持しようと思ったこともあったが、これだけ長引くと結局そういう生活は無理になる。身体やメンタル、もしくは両方に支障をきたすだろう。

 

とりあえず、博士課程をクビにならず、何とか最低ラインはクリアできているようなので、この調子で「これも人生、なるようになる、なるようにしかならない」と思って進めていく予定。来週、初めてのオーストラリア企業へのインタビューを控えている。リクルーティングメールを送りまくったら、次の日に「インタビュー受けてもいいよ」と返信をくれたありがたい企業。1社も釣れないかもな、とも思っていたので、一瞬目を疑った。来週はその企業について事前にしっかり調査をして、万全の体制でインタビューに臨みたい。英語でのオンラインインタビューに不安はあるし、考えるだけで緊張するが、自分で決めたことだからやるしかない!

 

最後に今週の良かったことを写真で振り返り。

f:id:aruimk:20210822085713j:plain

ロックダウン200日目:気が付いたら庭の隅に植えられている木の花が満開になっていた(少し桜っぽい)

f:id:aruimk:20210822085834j:plain

ロックダウン201日目:朝イチで虹が見えた(東から朝日が昇り、西側は嵐の様子)

f:id:aruimk:20210822085929j:plain

ロックダウン202日目:Colesでイチゴが1パック1ドルだった(NSW州産)

 

週末だけでもロックダウンのことを忘れて過ごしたい

Victoria州の6回目のロックダウンで迎える2度目の週末。春を感じる気候だった。土曜日はエクササイズの時間を使って、自宅から4kmくらいのところにあるスケートパークにでかけた(1日2時間まで、自宅から半径5kmの距離でのエクササイズは認められている)。スケートパークは大人気。ここで子供たち(&一部大人も)が自由にスケボーやらスクーターやらBMXの練習をしている姿を見ると、ロックダウンであることを忘れそうだった。そういう意味では付き添っている大人も良い気分転換になる。

 

f:id:aruimk:20210816071918j:plain

オーストラリアでは至る所に無料のスケートパークが設置されている

日曜日は2駅先にある街までサイクリング。先週はギリシャの街まで行ったので、今度は反対側の東南アジアの街まで。直線距離で4.5kmくらいの場所。Vic州が提供しているサイトで自宅の住所を入力して、半径5kmならどこまで行けるかを正確にチェックしている。

https://www.coronavirus.vic.gov.au/how-far-5km-your-home

先週の様子 

fourty.hatenablog.com

 

今回の走行距離は往復10km程度。ほとんどが自転車道なので楽にサイクリングができるが、予想外の工事があり一部一般道に戻されてしまい残念。そのせいか人がほとんどいなかったのは良かった。小学校1年生の次男は自転車でこれほどの距離を走るのは初めて。帰り道は少し辛そうだったが、体力つけるためにはちょうど良い運動。

f:id:aruimk:20210816072108j:plain

自転車道のサイクリングは比較的安全

2駅先の街は歩いていてもほとんど白人を見かけない。そこら中に東南アジアの各国(ベトナムカンボジアミャンマー、タイなど)の寺院?が建っていて、多数あるレストランもほとんどが東南アジア系。ベトナム戦争の影響で多くのベトナム人がこの街に移ってきたのをきっかけに、他の東南アジア系の移民も多く集まって街を形成しているそうだ。東アジア人である我々も違和感なく街に溶け込む。道端に座って何かを売っているおばちゃんから片言の英語で話しかけられることもある。

f:id:aruimk:20210816072230j:plain

安くて美味しい食堂

せっかく東南アジアの街にきたので、ランチをテイクアウトすることにした。友人お勧めのお店。安くて美味しい。全部チリを入れない形で作ってもらったので(注文時にノーチリと言うだけでOK)、子供たちも食べられた。

f:id:aruimk:20210816072336j:plain

4人で食べきれないくらいの量を持ち帰り

5km以内、規制の範囲で楽しめるように工夫している。週末はできるだけロックダウンのことは考えずに過ごしている。

 

昨年の今頃はもっと厳しい規制だった。半径5kmルールは一緒だけど、エクササイズの時間は1時間(しかも自宅を徒歩や自転車で出てから自宅に戻るまでがきっかり1時間以内という厳しいルール)、プレーグラウンドやスケートパークは閉鎖(遊具が使えないようにテープでぐるぐる巻きにされていた)、夜8時から朝5時までの外出禁止令。プレーグラウンドやスケートパークが閉鎖されていたので、子供たちは外で「遊ぶ」ことができなかった。許されていたのは歩いたり走ったり自転車に乗るだけ。公園にボールを持ち込んで遊ぶこともルール違反になるのではないか、凧あげは大丈夫だろうか、縄跳びは?とびくびくしながら過ごしていた。そんな昨年の8月は1日当たりの新規感染者が600名を超える日もあり、まさに絶望していた。

 

※追記

この記事を朝書いてアップしたら、午後になってロックダウンの2週間延長とさらなる厳格化が発表されてしまった…。ついに、スケートパークやプレーグラウンドが閉鎖。エクササイズできる人数も2人まで+保護者なので、家族4人でのエクササイズはダメになるようだ。夜9時から朝5時までの夜間外出禁止令も追加された。もうほとんど去年の一番厳しかった規制と同じになってしまった…。

https://www.premier.vic.gov.au/extended-melbourne-lockdown-keep-victorians-safe-0

 

fourty.hatenablog.com

f:id:aruimk:20210816070529p:plain

第2波の波が高すぎて今どうなっているのかが見えないくらい

https://www.dhhs.vic.gov.au/victorian-coronavirus-covid-19-data

 

いやはや、まさか1年後でもロックダウン下にあるとは…。ワクチン接種率が上がれば、新規感染者数が数人出たからと言っていちいちロックダウンする世界は終わってくれるのだろうか。そうじゃないと困るけど。最近のVic州の感染者は1日当たり20名程度。デルタがしぶとく粘っている。もうすぐオーストラリア生活の2年目の終わりが見えてくるのに、なんだかなあ。かといって、日本にいた方が良かったのか、と問われるとそうでもなく…。

 

そういえば、そもそも2020年と2021年は、アメリカとオーストラリアのどちらかで過ごすことになっていて、日本にいるという選択肢はなかったことを思い出したりもした。2年前のブログでは留学に決断したことを書いている。その時の悪い予想?が当たったような気もしなくもない。

2年たってしまうと、いろいろな状況が変わって、いけなくなるかもしれない。そうなったら絶対後悔する。

fourty.hatenablog.com

 

アメリカ赴任をしていたとしても、昨年3月からほとんどWork from homeで学校も1年近くクローズしていたようだ。結局海外赴任で得られるであろう経験も大して得られず、子供の英語力も伸びないまま、夫は日本との時差に苦労しながら仕事していただろう。そして、一時選択肢に上がった、アメリカ赴任後のオーストラリア留学というオプションもコロナのせいでめちゃくちゃになっていただろう。やっぱりやりたいと思ったことは、チャンスが巡ってきたときに掴まないといけなさそうだ。

 

ロックダウン中は外からの刺激が激減する分、過去のことを振り返ったり、この先のことを考えたりする時間が多くなる。