また1か月が過ぎてしまった。毎月最低1つの記事を書くことを自分の中でブログを続けるための小さなルールにしている。最初の頃は、子連れ留学や社会人の博士課程留学などをする人に私の経験をシェアすることで少しでも役に立ててもらえればなあと思っていたが、今や完全に自分の備忘録の日記となっている。でもブログってそういうもの。
10月は9月ほどのバタバタ感はなかったが、仕事が結構忙しくて、綱渡りの日が数日あった。いくつか英語のプレゼンもあったけど当日に準備するとか。。ちなみに私は残業はほとんどしない。30代の頃は育児との両立が理由だったけど、40代になると体力と集中力がもたなくて、残業すると翌日以降のパフォーマンスが著しく下がってトータルで見たときに単純に生産性が下がるため。残業しないから、時間内に仕事が終わらないと、次の日の朝がやばいことになっていて、そのことを考えながら寝ると夢に仕事が出てくる始末。
仕事では大小イベントをいくつか無事終えた。1つは会社の全体のイベントでのプレゼン。私は部署を代表して行うことになっていた。他の部署の人たちはすごく作りこんだプレゼンをしていたけど、私はスライド2枚だけ。準備時間もトータルで1時間くらいかな。外資系らしく、場所は六本木ヒルズの51Fの六本木ヒルズクラブというところ。こういうイベントにバーンとお金使うのは外資系だなあと。11時に開始し、昼にはワイン片手に立食パーティ。自分のプレゼンが突貫にしては失敗もなかったので、気分が良くなって昼からワイン飲みすぎた。
実は私はメルボルンに行く前は六本木に住んでいて、こんな空気が汚いところでよく幼子を2人も育てていたなあと、懐かしく思いながら歩いていた。地価に反比例して今住んでいるところの方が私にとっては10倍以上良いから、六本木には全然戻りたいと思わないけど、でも子育てが一番大変だったときの家族での思い出がたくさん詰まった場所でもある。ヒルズの51Fの大きな窓から、自分が昔住んでいたところを眺めていた。
プライベートでは、10月には毎週のように地域でお祭りがあって、その中でも家から歩いて5分の所にある大学祭に行ったのが良かった。次男と2人で行って、結局朝の10時から午後3時くらいまで、ずっと楽しんでいた。大学の雰囲気がとても良くて、私やっぱり大学が好きだなあと思いながら。育児中はお金のこともあるからもう少しサラリーマンするつもりだけど、その後はフルタイムで大学に所属したい。
大学といえば、12月に2回、1月に1回、大学で講師の予定が入っている。12月は大阪と東京の私大。大阪の方は学部生向けだけど、一般公開もされる。90分の講義だからちょっと準備が大変そうだな、、東京の方は、8月に日本の学会で英語論文の書き方について話をした縁で、同じ話を今度は大学院生向けにしてほしいと学会でお世話になった先生から打診があった。資料は使いまわしできるので時間もかからない。ちなみに東京の私大は来年の後期から土曜日に非常勤講師をする予定の大学。
プライベートでは、先週末、大好きな北杜市に5年ぶりに旅行。六本木生活で心がすさんでいた頃、2-3か月に1度のペースで山梨に行っていた。iPhoneの写真を見ていてびっくり。最後に行ったのが2019年10月26日。ちょうど5年前だった(日付も一緒)。その時のことをブログに書いている。ブログってこういうとき面白い。金曜日、仕事を早く切り上げて山梨に行って、1泊して土曜日の夜に帰宅し、日曜日の朝からアメリカ出張とか、この頃の自分は今とは違って高速回転していたようだ。その合間にビザの手続きとか、ほんとよくやっていたわ(それだけその時の生活から抜け出したい思いが強かったのだろう)。
5年前の記事には書いていないけど、今回写真も撮ったので少しだけ違う話。中央道を通って山梨に通っていたころ、笹子トンネルの天井が崩壊する事故があった。この事故では9名の方がなくなっているけど、そのうちの1人は夫の友人で、子供が生まれる前に私も一緒に八ヶ岳を登山したことがある男の子だった。とても気さくで礼儀正しく、何より人生を楽しんでいるように見えた。27歳で突然こんなことに巻き込まれて死んでしまった彼のことを中央道を通るたびに思い出す。初狩PAでレジの人に言うと供花用の花をくれる。最初の何年かは簡易的な供花台だったが、いつの間にか立派な慰霊碑が作られ、今は事故の説明を読みながら記帳、千羽鶴もお供えできる。5年ぶりに子供たちも一緒に記帳して千羽鶴を折った。
絶対にもっと生きたかったはずなのに、20代で突然死ななければならなかった彼のことを思うと、年を取るということがありがたいことだと思う自分がいる。当たり前だけど、死んでしまったらもう年は取れないから。白髪が生えたり、老けて皺が出て顔がおばさんになったり、老眼で字が読みにくくなっても、これは本質的に嘆くようなことではなくて、喜ぶべきことなんだなあと。
生きているうちは色々なことがあるけど、ふとした時にこういったことを思い出す。この時間がありがたいなあ、美味しいもの食べられて幸せだなあ、とか。気づくと完全に日本の生活に満足している自分がいて、あれ?オーストラリアどうなった?と思うこともある。
最後にちょっと不穏なニュース。転職した会社では、毎年の健康診断で人間ドックを受けられる。いくつかの有料オプションも無料でつけられるから久しぶりにマンモグラフィーもやってみた。トータル5万円ちょっとの料金がタダなんてラッキーと思っていたら、数日前になんと人生初めて「要精密検査」の結果を受領。びっくりしている自分もいる一方、「私はこのために日本に帰ってきて、今の会社に転職したのではないか?やっぱり自分はついている」と早速都合よく解釈し始めた自分もいる。ずぼらな私はオーストラリアにいたら検査するのはいつになっていたか分からないし、転職前の会社では健康診断の項目が標準的なものだけだったので。
11月は海外出張の予定があるので、検査は下旬にする予定。どきどきです。