40代からの博士課程留学

41歳でオーストラリア・メルボルンで博士課程留学(社会学)を始めた自分、現地小学校に通う子供のこと、家族での海外生活などを綴る。

ビジネスカンファレンスに参加

先週の木曜日にメルボルンシティで開催されていたビジネスカンファレンスに参加した。主催者は私に仕事のオファーをしてくれた企業。その時の話は以下に。

 

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ブログにはちゃんと書いていなかったが、このオファーについての結論はほぼ出ていて、今のところ、予定通り4月に日本の会社に復職する予定。2か月くらい前の話だけど、それからずっと色々考えたり、情報を取得したり、メルボルンの会社と面談したり、メールしたり、日本の会社とメールしたり、キャリアカウンセリング受けたり、10人近くの人に相談したりと、やったことは色々ある。また整理して別の記事に書きたいと思う。

 

話をカンファレンスに戻す。もともと仕事のオファーを受けたときに、カンファレンスの話も少ししていた。研究内容についてプレゼンしてみない?というお誘い。その後、ブログにも書いているように博論がめちゃくちゃ大変になってきて、しばらくカンファレンスの話は放置。仕事のオファーの件について、一旦保留にしましょう、というメールのやり取りをしているときに、カンファレンスについても3分間のショートプレゼンテーションのビデオをまだ募集しているから良かったらどうぞ、と言ってくれていた。

 

自分の中ではその頃、日本に戻るモードになっていた。博論をそれまでに終わらせることが優先度の最上位に来ていて、この会社やカンファレンスのことは後回しにしていたが、カンファレンスまで1週間を切ったとき、「やっぱり今後のためにも何かしらのつながりは持っておいた方がよい」と思い立ち、急遽メール。まだビデオが間に合うかどうかを聞いてみた。

 

担当者から、(間に合うかどうか分からないけど)ビデオを出してくれたらプログラムのどこかにフィットさせるようベストを尽くします、との回答。それと同時にチケットのことも聞いていたが、通常3万円程度かかる参加費を招待扱いで無料にしてくれるという。ビデオを出します!と宣言。そのやり取りをしていたのが金曜日。翌日土曜日は終日、日本語補習校(土曜校)のイベントで朝から夕方までボランティアという名の肉体労働。翌日日曜日、運が良いことに子供2人をママ友が預かってくれたので(前回、うちがその家族のボーイズ2人を預かったため)、プレゼン資料の作成、Zoomを使った録画、動画ファイル作成、送付と3時間くらいで終わらせることができた。

 

日曜日の午後に担当者にメールしたら、何と返信が…。日曜日に仕事してるみたいだった。ビデオはこれで良いとのこと。チケットも送ってくれた。翌日月曜日の午後になって、実は他のビデオに全部字幕がついているから、字幕を付けられないか?と聞かれた。動画編集なんてほとんどやったことがないので、火曜日の朝に急いで動画編集アプリを検索し、よさそうなアプリを1か月分購入。3分の動画に字幕を付けるのに2時間くらいかかった。初めてやる作業なので疲れた。無事字幕が付いたので、ファイルを再度送付。

 

カンファレンスは2日後の木曜日だった。プログラムが前日に送られてきて、参加企業のリストを見ていたら、私が休職中の日本の会社の名前をみつけた。元上司にカンファレンスの情報をメールしていたが、部門内に展開してくれていたようだった。3万円もかかるのに、参加してくれたことが嬉しい。カンファレンスはAPACを対象にしていて、メルボルンの現地とオンラインのハイブリッド型で開催。

 

カンファレンス当日の木曜日の朝、次男が中耳炎になるというトラブル。シティに行かないといけないのに、朝からバタバタ。日本人の看護師ママ友にアドバイスを仰ぎ、その方が勤務しているGP(自宅から最寄りのGPでもある)に無理やり?朝イチで予約をねじ込んでもらって、急いで学校に遅刻の連絡をし、バタバタと出勤。長男は自転車で小学校に、次男は夫が車でGPに連れて行ってくれた。ものすごい連係プレー。日本人の看護師の方がいるGPが近くにあって本当に助かる。と言っても、実は医療サービスを受けるのはこれが初めて。家族分で4年分、100万円くらいのOSHC(学生保険)を支払っているが、ようやく100分の1くらい取り返せそうだ。お金がないと思われたのか分からないが、ドクターが診療費を半額くらいにしてくれて、本来なら75ドルかかるのが41ドルだった。友人割引?処方箋をもらって薬局で45ドルの薬を購入。夫は英語ビギナーレベルだが、移民が多い場所なので、医者も薬剤師もめちゃくちゃゆっくり、シンプルな英語で話してくれたから良かった、とのこと。

 

その報告をメールでもらいながら、シティまで電車で移動。カンファレンスの受付を済ませたら、ビルの中のカフェでコーヒーをもらってきてください、とのこと。一般のカフェだったが、カンファレンス参加者はロゴ入りのタンブラーに好きなコーヒーを注文することができた。ここぞとばかりにオーツラテを購入。待っていたら、他の参加者から話しかけられた。結構びっくり。その人もたまたま名札に書いてある所属先が別の大学(RMIT)になっていた。学生ではなくて職員とのこと。なんと!その会社で来年からコンサルとして仕事すると言ってきた。

カフェの前でコーヒーを待つカンファレンスの参加者

100人以上の参加者がいる中、偶然巡り合えるってすごい。募集していたポジションの一つはこれで埋まったんだな、となぜか少しホッとした。年齢は30代前半くらい。メルボルン出身のオーストラリア人。雰囲気がすごく良い女性だった。私が今PhDをやっていることは話したが、その会社からオファーを受けたことは言わなかった。彼女は今は全然別の仕事を大学でしているけど(学生課のようなところ)、ロックダウン中にオンラインコースで関連分野の修士を取って、仕事を探していたんだって。コーヒーを待っている間のスモールトークで情報が盛りだくさん。

 

会場に入ると、女性の多さにびっくり。8割くらいが西洋系の見た目の女性だった。大学にいると留学生が多いこともあり様々な人種がミックスしているけど、ビジネスシーンでは白人系オージーが多いんだな、と改めて気が付いた。アカデミックカンファレンス(学会)と雰囲気は全然違って、なんか懐かしい感じもした。私は実務者の集まりの方がやっぱりホッとするなあ。でも明らかに非ネイティブなのは自分くらいしかいないように見えた。

カジュアルな雰囲気のイベントスペースで行われたビジネスカンファレンス

何人かの参加者と話す中、この分野の実務経験なら、ここに集まっている人たちの中で、私は上位2割くらいに入りそうだということが分かった。話されていること自体は私にとってあまり目新しくなく、どちらかと言えばオーストラリアは日本より少し遅れている印象。おそらく、私が日本で働いていた企業がグローバルで事業展開している従業員10万人以上の大企業で、このカンファレンスに参加している企業は、オーストラリア国内では大企業だけど、規模自体は日本の大企業よりもずっと小さく、それもあってまだまだこの分野での仕事はこれからという感じ。あとは英語さえできれば、私の経験は大いに活かせるようにも思えた。

 

今回、博論できつきつのスケジュールの中、無理してカンファレンスに参加した目的は、自分がそこで何を感じるかを知りたいと思ったから。この場所でこの会社(オーガナイザー)と一緒に働きたい、と思うかどうか。参加してみた正直な感想としては、私の英語力じゃあちょっと辛いなということと、内容的な刺激が少し薄いかな、というもの。

 

大学にいるとあまり感じないが、久しぶりに100%ネイティブ話者の環境で1日過ごして、自分の英語力のハンデに改めて気がついた。ここで私は価値を出せるのだろうか、日本で母国語を使った方がフルで経験を活かせるのではないか、と思ったり。ずっと英語を話しているのが疲れる、というのもあった。それでも内容的に学ぶことが多ければ良いが、内容は日本の会社(休職中の会社)の方が先を行っていて、それを確認する機会にもなった。

 

オーストラリア企業の状況を知ることができて、なかなか良い機会だった。ここで私が得られるもの、与えられるものは何か。それは日本で得る経験と比べてどうなのか。業界の最先端は欧州なので、内容を深めるためにはヨーロッパの企業や組織で働くのが一番良いんだろうなあ、と感じたりもした。

 

カンファレンスでは他にももう一人、この会社で来年から働くという人に会った。よほど人が足りないようだ。このもう一人の人は、今年から私がいる大学で修士コースをパートタイムで始めていて、この分野での職務経験はほぼゼロ。やっぱり人材の需要と供給でみると、今は圧倒的に供給が足りていない業界のようだった。だからこそ、10年以上の業界の経験を持つ私に声がかかるのだろう。例え英語がカタコトであっても。ということは、私がオーストラリアに与えるものがあったとしても、得るものは何だろう。主には英語力の向上と外国での職務経験。それが私は欲しいのかどうか。

 

カンファレンスに出てそんなことを考えたりしていた。

博士課程とお金

ここ3週間くらい、かなり頑張って博論に取り組んでいる。12月初めに3年目の審査があるから。そこにある程度、質の高いDiscussionの章を提出したいが、先月、理論的フレームワークを大幅に改訂することにしたので、それに合わせてDiscussionを書き直している。その話はまたもう少し落ち着いたら書く。3週間ほど前は絶望的で頭痛にさいなまれていたが、なんとなく形は見えてきた。指導教官に出した第2稿目は、It is shaping up well and is much more developed than the last version.とのこと。ちょっとだけ安心。

 

今日はお金のことについて少しネタがたまったので記事に。まず大きな額の話から。

 

①大学からの生活費支給

大学から支給されるStipend(生活費)が2023年から10%アップすることになった。昔の記事に書いたが、私は現在2つの給付型奨学金を大学からもらっている。1つは留学生向けの授業料全額免除の奨学金。もう1つは、全学生向けの生活費の支給。今回、この生活費の支給額が大幅に上がることになった。

 

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数か月前から大学院のアソシエーションが運動していた。私も署名やデモ(と言ってもキャンパス内)に少しだけ参加した。スローガンはNo more PhD poverty。どうやらオーストラリアでは、PhD学生の奨学金は給料のように扱われているようだ。実際、2週間おきに入金される銀行の明細には”Salary”と記されている(ただし非課税)。今のStipendを週5日フルタイムで働く前提で割ると、最低賃金(約21ドル)を下回るらしい。最低賃金を上回るようにというのがアピールの骨子。

雨の中、キャンパスでデモ

結果、今年は年間30,000ドル(約270万円)だったのが、来年から33,000ドルになることが決まった。ちなみにメルボルンシティに近いMelbourne Uniは34,000ドル。生活費が高いシドニーど真ん中にあるSydney Uniは約36,000ドル、生活費が安いAdelaide Uniは約29,000ドル。生活費という名目なだけあって、大学周りの生活費水準に合わせて組まれているようだ。またどの大学もそうだと思うが、このスタンダードなStipendにさらにTop-upされる奨学金もある。私は書類の作成が面倒なこともあって申し込んでいないが、こまめに調べると在学期間中に追加支給を受けられる場合も。

 

日本から来た私からすると、もらえるだけでありがたい、と思ってしまうけど、No more PhD poverty運動が起きるくらい、こちらの学生にとっては博士課程は半分仕事のような位置づけなのだと改めて分かった(その割に、まじめに毎日フルタイムで研究している学生が少ない気がするが…)。

 

②大学からの交通費や追加のグラント

この度、ゴールドコーストの学会参加の費用を大学に申請したら、実際に使う費用の倍程度のお金をもらえることになった。私が所属する大学は、PhD学生が調査や学会発表のために、一人当たり2,800ドル程度の交通費予算がある。今回はそのうちの1,500ドル程度を申請したが、一回申請して認められれば全額支給らしい。事務手続きが面倒なんだろう。合理的なオーストラリアらしいシステム。

 

この他に、何に使っても良い調査費用として、PhD期間中、4,000ドルが支給される。1年目の審査をクリアしたら2,500ドル、2年目の審査をクリアしたら1,500ドルが自動的に振り込まれた。

 

追加で学科が持っているグラントに申請。日本とアメリカ学会旅の費用として、約5,500ドルの支給を受けた。これは自動的ではなくて、一応審査があるが、コロナ直前に研究を始めた私は、良くも悪くも同期と言えるPhD学生が学科内にほとんどいなくて、おそらく誰とも競争しないで獲得できたと思われる。これらを全部足すと、約12,000ドル(110万円)を研究に関連する経費として大学から支給してもらえたことになる。日本で博士課程はよくわからないが、おそらく日本より恵まれた環境なのでは?という気がする。

 

③学内でバイト

今年は学内で3つのバイト(Casual job)をした。ブログに書いたかどうか忘れたが、給与が高い順に言うと、学部生の試験監督、障がいを持つ学生のためのNote-taking、資料のアーカイブ化である。

 

まず学部生の試験監督について。これは時給が44ドル程度(約4,000円)。キャンパス内でできるし、自分が働きたい日時を選べるし、慣れてしまえば単純なので、なかなか美味しいバイトだった。ローカルの学部生と英語でコミュニケーションしないといけない機会もあるが、まあ何とかなった。

 

次に障害を持つ学生のためのNote-taking。これは日本語の授業で募集があったので迷わず手を挙げた。中級と上級の日本語のクラスだったので、先生も日本人で授業も日本語。ノートも日本語で取って日本人の私にとっては楽すぎる仕事。しかも授業が結構面白くて、ボランティアでやっても良いくらいだなと。時給は38ドル(約3,500円)。

 

最後に資料のアーカイブ化。これは学科でやる人がいなくて先生が困っていたので、なんとなくやります、と言ってしまった案件。1960年代からのオナーズ学生の学位論文をアーカイブする仕事。単純作業だったが、タイトルだけ見ていても時代ごとにどんな関心がもたれていたのか、いつ頃から留学生が増えてきたのかがわかってまあまあ面白かった。誰とも話さず、大学の書庫で数日、音楽を聴きながら黙々と作業した。時給は36ドル(約3,300円)。

 

本来ならTeachingにもトライすべきなのかもしれないが、英語力に自信がないこと、子育てもしているのにこれ以上責任ある仕事をしたくないこと、アカデミアで仕事をする予定がないことから避けてしまった。実際、Teachingをしている人たちはみんな大変そう。でも時給はものすごくよい。実際にチューターとして教える場合、1時間で1万円以上。アシスタントだと少し下がるようだが、2年目以降は繰り返しの内容になるので、長く続けるなら割の良い仕事のようだ。

 

あとリサーチアシスタントも今ならトライできそうだが、最初の2年はロックダウンでそもそも自分の研究時間の捻出すら危うい状況だったので、諦めた。リサーチアシスタントの時給は大体50ドル程度らしい。

 

④その他の補助金

大学院アソシエーションからたまにお金のばらまきがある。一番大きかったのは、子持ちの大学院生に対して、子供一人当たり250ドル支給というもの。これまで2回、合計1,000ドルもらった。夏休み中のホリデーケアに使ったら1週間でなくなる額だが、もらえるだけありがたい。

 

⑤現物支給

これも地味に助かっている。ブログではちょこちょこ書いているが、毎週木曜日のフリーブレッド(Bakers Brightのパンを毎回20~30ドル分)、不定期のフリーランチ、フリービア、フリーグロサリー。特に毎週のパンとグローサリーの配布は家計を助けるので本当にありがたい。先週のフリーグローサリーは大漁だった。インフレの今日この頃、助かる。

 

洗剤から野菜まで、すべて使うものだからありがたい

英語での文章アウトプットが限界に来たので、久しぶりにブログ記事を書いてみた。

博論に真剣に向き合う日々

最近、研究の話ばかりブログに書いている。プライベートでも書きたいことはあるがとりあえず本業の記録から。これらの記事の続編。

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先週、カナダ帰りの指導教官にお願いしてミーティングを設定。見直している理論的フレームワークについての意見をもらうのが目的。2021年と2022年に出た論文を踏まえて自分の理論的フレームワークとディスカッション全体を書き直すことにしたので、まずは理論的フレームワークの方向性がおかしくないかを文章を固める前に確認。もうFinal Reviewまで時間がないから、一日も無駄にできない。

 

木曜日の午前中に時間を取ってもらって、前の週に引き続き1時間以上、Zoomでみっちり理論について話し合い。ミーティングが終わった後は頭痛。方向性は大体OKだったので理論的フレームワークに沿って記憶がフレッシュなうちに、ディスカッションで書く説明モデル(私の論文の主要な貢献)の図を色々といじっていた。頭痛は消えない。3時過ぎに限界が来て帰宅。もう研究をする頭は残っていないので、夕方は博士課程中に受講しなくてはならないオンラインコースを受ける時間に使った。

 

翌日も頭痛は消えない。パナドールを飲んでみるもののあまり効果なし。自分の脳の限界を超えて使いすぎているせいなのか。パソコンがブーンと音を立てるように、私の脳も悲鳴を上げている。普通の人が博士課程をやるなんて無謀だったのかな。私の周りに博士号を取った人は数人しかいないし、その数人もすべて日本の大学で取っている。海外で博士号を取った人は一人もいない。私は無謀なことをしようとしているのではないか、と不安に思い始めた。

 

それでもやるしかないので、翌日、理論的フレームワークの章の執筆に戻る。頭痛と戦いながら3時ごろまで頑張るが、やっぱりそれ以上できない。書き直した理論的フレームワークの章を指導教官にメールで送付。オフィスにいても研究ができる脳みそが残っていないのでキャンパスを出た。自転車で帰宅途中、美容室に行くことを思い立つ。最寄り駅の近くに韓国系の美容室があるので、飛び込みでそこに行って髪を切ってきた。日本人が美容師として働いているシティのサロンまで行かなくて済んだ。時間とお金の節約。

 

土曜日の朝になっても頭痛が消えない。頭痛がすると気分も憂鬱。この日は子供を土曜校に送り出した後、家の掃除をして、夫とまた土曜校に。子供の授業参観。30分で引き上げて、近くにある日本食品卸のアウトレットセールに。1ドルや2ドルで賞味期限切れの食材をゲットしてきた。

オーストラリアでは賞味期限切れの食材も販売できる

その後、2人で私の誕生日ランチに。近所にあるが行ったことがなかったイタリアン。外から見ると何の変哲もない場所だが、中はおしゃれなレストラン。郊外の隠れ名店?パスタがおいしくて感動。調子に乗ってスパークリングワインを2杯も飲んだ。

 

ランチが終わってみると頭痛が消えている。ストレスだったのかな。アルコールのせいで少し頭がぼーっとする。その後、再び土曜校に送ってもらい、2週間後にある学校行事の打ち合わせに。ワイン2杯ひっかけて保護者ミーティングに出ている母親なんて私くらいだろう。幸い顔にほとんど出ないので、ほろ酔いで学校に行っていることはばれていなはず。最近、長男の小学校卒業とハイスクール入学関連で何かと手続きや行事が多い。

 

頭痛が消えてきたので、週末は研究のことを考えないことにした。日曜日はモーニントン半島に一日日帰り旅行。時間があれば別の記事に書きたいと思う。

 

そして月曜日。頭痛がない状態で研究に向き合える。土日に気分転換出来たおかげで、前の週みたいなネガティブ思考は消えており、もうやるしかないんだ、という気持ちで向き合えた。博論で一番キーとなるディスカッションの章を大幅に書き直し。理論的フレームワークを見ながら、理論的な貢献、深いインサイト、解釈などを意識しながら書き始めた。幸い書きたいことはある。それが博論的に合っているのかどうかは自分で分からない。

 

月曜日も天気が良かったので、昼に自転車で大学近くのショッピングモールまで出かけ、一人ランチをした。それが良い気分転換になり、午後も午前中のような集中力で向き合うことができた。しかし4時過ぎになるといつも私の脳は疲れてきて終了。早めに帰宅して夕食の準備。夕食後はいつものように英会話。オンライン英会話は今でも週に5日やっているが、やる前は面倒に思っても、いつも気分転換になるのでよいルーティーンになっている。

 

昨日、火曜日も頭痛なし。月曜日のように時間を過ごしたいと思って取り組んだ。月曜日ほど頭の切れは良くはなかったが、悪くないコンディション。昼はキャンパスで前日のランチの残りを食べたが、意識的に脳を休めるため、キャンパス内を散歩。あえて長めに休憩を取り午後に備える。いつもなら同室のPhD仲間とおしゃべりをする時間だが、そのおしゃべりに脳をあまり使いたくないので、一人の時間を作った。午後もまあまあの作業進捗。このペースで行けば何とか形にはなりそうだ。しかし質の問題は残っている。

 

夕方帰宅して夕食を作っていたら、6時頃に指導教官からメール。先週金曜日に提出した理論的フレームワークのフィードバックをくれた。早い。先生も私のプロジェクトが時間的にタイトなことを十分認識してくれている。Still a bit of work to do but it is taking shape. とのこと。Final reviewまでもうワンサイクル回せるので、何とかなるかな。夕食後に添付ファイルを開いたらたくさんのコメントと修正。Literature reviewとの関連を指摘されていた。指導教官の手元にあるLiterature reviewの最終ドラフトは2020年になっているので、最新バージョンを参照して言及する指示。

 

そもそもLiterature reiviewは2020年の夏ごろのものが最新バージョン。指導教官と情報の非対称性はない。どうせ書き直すことになるとわかっていたので、それから触っていないのだ。Final reviewのためにLiterature reviewの最新バージョンは必要ないので、12月以降にアップデートすることになるだろう。まだまだやることあるなあ。章ごとのリンクを意識するようになるというのはステージとしては進んで来たと思ってよいのだろうか。

 

先々週~先週が博論に関してメンタル的に一番つらかったが、今週は吹っ切れてあとはやれることをやるだけモードに。今週中に何とかディスカッションの章の書き直しを終えて、来週月曜日までに指導教官に送付する予定。頭痛が再び来ないことを祈っている。アスリートが身体のコンディションを整えるように、私は脳のコンディションを整えることに意識を向けている。

 

ここにきて日本から持ってきた本の内容と自分の研究がつながってきた。原著が英語のものは図書館で英語版を借りて参照している

 

 

学内シンポジウムで発表&チェア

先週、水曜日は1日オフを取り、シティに出かけて友人とカフェ巡り。研究が煮詰まっていたので良い気分転換になった。木曜日と金曜日は学内のシンポジウム。木曜日はオンライン、金曜日はIn person という組み立てだった。個人的にはハイブリッドでやればいいのにと思った(以前別の学会のハイブリッドセッションのオーガナイザーをしたけど、学内のITシステムが優れモノで何のトラブルもなくいくつものセッションを進行できた)。

 

私は今回発表しないつもりだったけど、同室のスリランカ人のPhD友人が別の学会で発表する内容をそのまま学部のシンポジウムで発表すると聞いて、私もその手法を採ってみることに。以前オーストラリア企業向けにプレゼンした内容をほぼそのまま使うことにして発表を申し込んだ。

 

オンラインでもIn personでもどちらでも可、にしたらオンラインになった。どうやらIn personを希望した人の方が多かったようで、オンライン可の人はほぼすべてオンラインに。Zoomは楽だけど、あまりシンポジウムで発表している感がない。練習は2回だけして、さくっと発表。質問も難しくないのが2つきた。いつもQ&Aは嫌だったけど、今回は学内ということでいじわるな学者もいないし、自分も英語でのプレゼンやQ&Aに慣れてきたせいもあってスムーズだった。

 

私の今回のシンポジウムの懸念は、突然一つのセッションのチェアを任されたこと。シンポジウム前日の水曜日にオーガナイザーから連絡があり、チェアの一人が体調不良で出られないから、代わりにチェアを引き受けてくれないか?と。他にも頼む人いるでしょう、と思ったし、自分の研究に時間を使いたかったけど、なんとなく断りづらくて引き受けてしまった。英語でセッションのチェアをしたことはないので、GoogleでConference session chair scriptと検索して、色々な資料をつなぎ合わせて原稿を作った。とてもじゃないけど、今の私の英語力では原稿なしでチェアなんてできない。

 

チェアを任されたのは金曜日のIn personのセッションの一つ。オーガナイザーがちゃんとオーガナイズしてくれているわけではないので、発表者3名の資料も当日の朝に自分から聞いて送ってもらい、Laptopを持ち込んで、機材のセッティングから。以前、カンファレンスで使ったシステムと同じだったので比較的迷わずにセッティングできた。オーストラリアのこういうところ、すごいと思う。誰かに何かを任せても、その後、特にフォローしないという。引き受けた時点で100%その人の責任になるから、何か分からないことがあれば全部引き受けた側が対応することが基本(誰かに聞くことも含めて出発点はすべて自分)。

 

パソコンの接続、資料の受け渡しも無事に済んで、いざセッション開始。20名ほどの参加者が会議室に集まっていた。一人当たりの発表時間は15分。これもオーストラリアあるあるなのか、みんな発表の練習をちゃんとしてきていない。明らかに時間オーバーになりそう。急いで「1 minute」とA4の裏紙にボールペンで書いて、プレゼンターに見せられるようにしたけど、それに気づかずずっと話し続ける発表者も…。みんな聞き入っているので途中で入るタイミングも難しく18分になって、さすがに介入した。

 

発表時間を守ったり、準備をきちんとするというのは日本ではほとんどの人がやる当たり前のことだけど、必ずしもそうじゃないのが海外(オーストラリアだけではないはず)。チェアに当たってから、台本作って、発表者3名から資料取り寄せて、ITのセットアップをして、発表が始まったら時間を測って、発表者に残り時間を知らせて、QAをハンドリングして…なんかどっと疲れた。

 

これを日本語でやるなら100倍簡単。何の問題もない。会場20名を見渡して、明らかに私が一番英語ができない。教授陣含めて半分以上はネイティブだし、留学生もかなり英語が流暢な人ばかり。なぜ英語に不自由している私がチェアをやっているんだろう、と不思議に思う。ネイティブのやつら、座って聞くだけなんて楽しすぎだぞ。第二言語で頑張っている人にチェアを押し付けるんじゃなく、もっと自ら進んで貢献してほしい。

 

今回チェアしたセッションの発表者3名のうち、2名はオーストラリアのローカル学生で1名はインドネシアからの留学生。間近で見ていて面白いと思ったのは、英語に何の問題もないオーストラリア人の男性(白人)の手が発表の間ずっと震えていたこと。母国語でプレゼンするなんてこんな楽なことはないのに、それでも緊張するんだ、と新たな発見だった。母国にいて母国語で発表してこんな状態なんだから、外国に行って外国語で発表しろと言われたらかなり難しいだろう(というか現時点では無理だろう)。そう考えると、すべての英語非ネイティブ留学生は本当に難しいことにチャレンジしている。私ももっと自信を持っていい。

 

チェアしたセッションの後、友人の発表も聞きたかったけど、めちゃくちゃ疲れたので一旦自室に戻ってクールダウン。疲れすぎて研究はできないから、Youtubeでジャズ聴きながら、12月に行くANZ学会@ゴールドコーストの費用申請書類を作成。書類を全部そろえてPDF化し、Itineraryを作ったりして地味に時間がかかる。今回、トータル費用が1,500ドル程度。全額大学からのGrantでカバーされる(はず)。予算はまだ余っているから、どうせならもっと良いホテルにしておけばよかったかな、とかちらっと悪いこと考えたりも。

 

夕方になって閉会式&交流会。こちらも一応顔を出すことにした。英語まみれで疲れるが、これもPhD最終年としての思い出作り。チェアしていたセッションに参加していたスリランカからの留学生(仲の良い友人ではなく顔見知り程度の人)から、チェア良かったよ、と言ってもらえて報われた。私もこういう声掛けができる人になりたい。

 

立食パーティでの英語はさらに難しい。研究のことや家族のことを話したり聞いたりするのは良いのだけど、それ以外の軽口的なことやジョークなどはハードルが高すぎてまだ無理。日本語でももともとそういう話をするのは苦手な方なので、英語でできるわけもなく。でもみんながみんな社交的なわけではなく、気が付いたら会場の半分くらいの人は帰宅していた(笑)。そんなもんだよね、と。来週からまた自分の研究に集中しなくては。もう12月のFinal reviewに間に合わない可能性もあるけど、できるだけのことはする。

 

交流会は学内のバーで開催されたが、軽食でミニ手巻き寿司が出てきた

 

 

指導教官とのミーティング、だんだん怖くなってきた

前回のつづき。

 

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カナダに出張中の指導教官とZoomでミーティング。トロント時間午後6時、メルボルン時間午前9時に設定してくれた。毎回Zoomでのミーティングだから、違う国にいても全然違和感がない。なぜか私以外の学生は対面でミーティングをしているので、私が指導教官の出張中にZoomで打ち合わせをすることを話したら驚かれた。それより、ロックダウンが終わっても私だけ未だにZoomで打ち合わせしていることの方が不思議。

 

打ち合わせでは、挨拶もそこそこに理論だけで1時間20分ぐらいみっちりと話して脳がショートしそうになった。副指導教官もトロントにいるため2人でホテルの部屋から出てくれている風だったが、2対1で議論なので疲れる。でも私のために指導してくれているわけだから文句は言えない。

 

前回書いた、私が研究をしている間に出版されてしまった理論的論文について、やはり真剣に捉える必要がありそうだ。結局、博士課程開始1年目に作った分析フレームワークを2021年に出た論文を踏まえて大幅に見直すことに。2020年の時点では私の研究にばっちりとハマるフレームワークは世の中にゼロ状態だったので、私はフレームを関連する分野から2つ借りてきて組み立てた。それが2021年になって、私の研究テーマにかなり近しい理論的フレームワークがパブリッシュされたので、それを無視することができない。微修正で済むと思っていたAnalytical Frameworkのチャプターも書き直しとなる…。Findingsの2つのチャプターもかなり手入れが必要になるし、当然Discussionのチャプターも書き直し。

 

これ、もう間に合わないんじゃ?という気もしてきた。とりあえずAnalytical Frameworkをまず直して、来週先生と打ち合わせ。それに合わせてDiscussionを書き直し、Analytical FrameworkとDiscussionの2章をFinal reviewに出すことに。Final reviewの2週間前にドキュメントを提出しなければいけないから、実質あと1か月しかない。焦る。しかもその後、Literature reivewの章も大幅書き直しとなるし、IntroductionとConclusionはまだ書いていない。ホリデーを挟んで本当に来年2月に提出に間に合うのか?子供の学校が休みになる12月と1月のホリデーシーズンはかなり痛い。一人で山にでもこもりたいが無理だろう。

 

流石に指導教官が「Extentionを申し込みできないのか?」と聞いてきた。いや実は、私の博論の正式な提出期限は2023年8月(3年6か月間)で、それを自分の都合で勝手に半年前倒ししているだけ。それを伝えたら、なーんだ、となった。ちなみに、博士課程は最長4年まで延長できるが、それをやると自分の人生プランが狂うので避けたい。

 

今回、自分の脳の実力の足りなさを久しぶりに感じた。博士課程なんて身分違いだったかな、と弱気になったり。中学生の時に数学に躓いたときのことを思い出す。どれだけ勉強しても分からない。自分の思考の限界。振り返ってみると、これまでの博士課程ジャーニーはロックダウンによる苦労はあったけど、自分の脳の限界を感じることはあまりなかった。そういう意味では順調だったと言える。ここにきて最大の難関。改めて自分が難しいことにチャレンジしているんだと思い知らされた。

 

とりあえず、先生と話した内容を覚えているうちに、Analytical Frameworkを見直し、図を何度も書き直す。それを踏まえて、自分の研究を通じて理論化した内容を別の図として表す。一つの図を書くのに3時間くらいかかった。でも少し時間をおいて見るといまいち。もう投稿論文のことはいったん忘れて、仕事のことも置いておいて、博論にめどをつけなければいけない状況になってきた。

 

疲れたときには、近所のアジアスーパーにあるお菓子のパッケージを眺める

 

 

研究の難しさに直面中

今週月曜日に博論のDiscussionの最初のセクションのファーストドラフトを指導教官に送付した。そうしたら、昨日(木曜日)の夜にフィードバックが来た。指導教官は今、カンファレンスに出るためにカナダにいる。それなのに見てくれたようでありがたい。ファイルを開いたらたくさんのコメント…。来週打ち合わせしようと言われた。これはDiscussionの章の出来が悪いというサインである。

 

今週月曜日に投稿論文のリジェクトのお知らせが来て、博論のDiscussionの章もダメ出し。当たり前だがこれら2つはリンクしている。何が足りていないのかも分かってきた。でもどうすれば良いのか、まだ整理するところまではできていない。

 

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リジェクトを受けた査読結果はしばらく寝かせておきたかったけど、Discussionのチャプターを書き直すにあたって、そんな余裕は言ってられない状況になってしまった。重い腰を上げて、今日、査読コメントに向き合った。前回の記事を書いたときには流し読みしかしておらず、メールにはエディターのレビューコメントと査読者2名のレビューコメントが表示されていたが、ジャーナルのシステムにアクセスすると添付書類がある。開いてみたらもう一人査読者がいたことが分かった。私の投稿論文は4人もの学者にレビューしてもらったことになる(エディターも通り一辺倒ではないコメントをくれていたのでレビューにカウントした)。

 

ワードで添付されていた査読者のコメントに、ポジティブなことも書かれていることが分かった。テーマ設定やアプローチについては良いらしい。Thus, there is much to like about this paper. 私の論文が好きと言われて一瞬泣きそうな気分。この査読者は私が学生であることを見抜いているのではないかという気がしてきた。

 

共通して悪いところ(リジェクトの理由になったところ)は大きく分けて2つ。一つは理論的な貢献のあいまいさ、もう一つは手法の説明不足。手法の説明不足は4人中2人から指摘されていた。これはある程度テクニカルに対応できる(というかそれしかできない)。問題は一つ目の理論的な貢献のあいまいさ。これは全員に指摘された。なんなら、Discussionの章に対するフィードバックで、指導教官からも指摘された。

 

これが実務者上がりの博士学生が苦労するポイントなんじゃないかと思った。私は研究を始めたばかりの時、理論が何のためにあるのか、学者がなぜあーだこーだと、実務者には既に明らかなことを机上で議論しているのかよくわからなかった。でもこれをクリアしないと、ペーパーもアクセプトされないし、博論もダメだろうというのは分かる。

 

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もう一つ、難しいなと思ったのはタイミング。私は自分が実務者として自分が疑問に思ったことをそのまま研究のテーマにしている。実務者だったときの私には知る由もないが、地球の反対側(アメリカ)で学者たちも同時並行で研究を進めていたらしく、私が博論を進めている間に、先を越されていくつかの理論的論文が出版されてしまった。今回、査読者からは、具体的にこれらの理論的論文で言われていることと比較して、私の実証研究で分かったことは何が新しいのか?と問われた。

 

時系列的には私の博士課程は以下のような流れで動いてきている。

2018年 実務を通して大きな疑問が湧いた⇒大学院に行きたいと思うように

2019年 博士課程のためのリサーチプロポーザル作成、博士課程入学許可

2020年 博士課程開始、文献調査(博士課程1年目)

2021年 データ収集、カンファレンスペーパー執筆(博士課程2年目)

2022年 学会発表、投稿論文執筆、博論執筆(博士課程3年目)

 

レビュアーが指摘した論文は、それぞれ2021年と2022年に出版されている。もちろん私は両方読んでいる。実は2021年に出た方はまさにデータ収集をしているとき(分析前)にGoogle Alertで流れてきてびっくりした。私が言いたかったことを半分くらい言われてしまっていると焦りつつも、この論文は理論的研究だから、私の実証研究はサポート側に回れるかもしれないと思った。

 

そうこうするうちに、2022年にかなり私の研究と近い理論的研究論文が別の学者から出された。この時も動揺。でもやっぱり理論的研究だから私の実証研究とは違うし、当然ながら論文の最後には実証研究の必要性やモデルの詳細化の必要性を訴えていた。2021年の論文も2022年の論文も著名な学者が書いており、特に2022年の方はハーバードビジネススクールの教授の論文で、学術界だけでなく実務界へのインパクトも大きい。自分が言いたかったかったことを先に偉い人から言われて全部持っていかれた感。当たり前だが理論の深さや文章の洗練度合いなどレベルは全然違う。でも、問題意識や本質的な部分はほとんど同じ。

 

私は別に流行りに乗ったつもりはなく、自分が実務者として感じたことをテーマにしただけなのに、この3年程でテーマが流行りに流行ってバズワード化してしまった。そのことによって、狭い視点でいうと博論がやりにくくなっている。結果的に流行りのテーマを扱うことになり、いじわるなANZ学会のレビュアーに(こいつ、安易に流行りに乗りやがってという気持ちで)Bullshitと言われてしまったりもする(まだ根に持っている)。もちろん、自分だけがこのテーマを扱っているわけではないし、世界を見渡せばひょっとして私とかなり似通った研究を今まさに進めている博士課程の学生がいる可能性だってある。

 

バズっているテーマを(結果的に)扱うことになったが、もちろん悪いことばかりではない。注目され始めた段階で、情報がまだ少ないため、問い合わせを受けることもちょこちょこある。先日はAoMのカンファレンスペーパーに目を付けた日本の金融庁の関係者からコンタクトがあり、フルペーパーをシェアした上でZoomで情報交換した。オーストラリア企業から声をかけてもらったのもおそらくテーマ自体の引力があるのだと想像する。

 

そんなことがあると一瞬浮かれたくもなるが、今はそんな気分ではない。私の理論的な力は向上していないし、最終的に博士に足る質までもっていけるのかがわからない。大学から3年間の学費と生活費、トータル1,500万円以上もらっているが、私の研究に1,500万円以上の価値があるのか、自問自答したとき、今は自信をもって答えられない自分がいる。Theoretical contributionという言葉に最初から最後まで苦しめられている。Theoreticalな武器を身につけたい。

 

4か月かけてリジェクト

人生初の投稿論文について、ついにリジェクトのお知らせ。残念。提出からリジェクト判断まで実に4か月を要した。投稿したジャーナルは背伸びしたものだったとはいえ、デスクリジェクトにはならず、レビュアーに回って、その後かなりの間、エディターで最終判断の期間があった。

 

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時系列に並べると以下。

2022年6月23日 投稿

2022年6月24日 Editor Assigned

2022年7月15日 Reviewers Assigned

2022年8月25日 Reviews Completed

2022年10月17日 Reject (transfer options available)

 

Reviews CompletedからRejectまでの間に、一度結果の催促をしているが、催促メールから実際にリジェクトをもらうまで1か月程度かかった。やっぱり学術界の動きはかなりスロー。気が遠くなるほどの時間。実務出身の私にはなじみのない文化。

 

最新のステイタスはRejectでTransfer options availableというもの

もう博士課程の終わりも見えてきてるし、色々めんどくさくなってこのまま何もしないでおきたい気持ちにもなったけど、あと1回だけ挑戦してみようかなあ…。もともと採択率1割とも言われる、この分野では有名雑誌への投稿ではあったし。本質的な指摘もあるが、いくつか私には対応しようがない指摘もある。例えば、インタビューした日本の会社の所属者の部署名が英語で違和感があると言われたり、広報が対応するのはおかしいと指摘されたり。いや、会社によって広報の傘下にサステナビリティ部門がある場合もあるし、そんな日本企業の組織の在り方を外国の学者に指摘されても…。部署名にダメだし出たら、日本企業は永遠に調査対象になれないじゃないか?とか。他には質的調査あるあるでサンプル数が少ないと言われたり。いまいち納得できない指摘もいくつかある。

 

博士課程中にジャーナルに投稿することは良いことだと思うけど、リジェクトをもらうと、自分の博士課程の研究自体が否定されたような気分にもなるのは負の面。アドバイスをうまくプラスにつなげられたら良いけど、残り時間で対応しきれないような指摘もあるので、モヤモヤ感が残る。自分は研究に向かなそうだな、という気持ちがどうしても生じてしまう。それが深入りする前に分かったのは良いことかもしれないが。

 

共著者として正指導教官、副指導教官からそれぞれ励まし?のメールが来た。

Very disappointing but as 副指導教官 says, a rejection can provide feedback to help shape the paper for another journal. I once had one paper rejected three times (incl 今回の雑誌) before I found a "home" for it. So do try to address the feedback in your next revision. 

 

It is always had to have this type of outcome from your first journal submission - but you are not alone - this happens to many people! Whilst it is a shame to not have the opportunity to revise for this Journal, you can take on some of the feedback provided and seek to submit this elsewhere.

 

まだ救いなのは、今回はリジェクトされたけど、エディターからの文面を見ると、Major revisionとリジェクトの間だったんだろうなということがうかがえること。だからこそ正指導教官もVery disappointingだったんだろう。エディターからのメッセージには、最終的にレビュワーが指摘するような大幅な修正をするとジャーナルの規定にあるリバイスの期間に間に合わないと思う、というようなことが書かれていた。

 

次に候補にしているジャーナルは2つある。1つは2021年のImpact factorが10を超えていて、今回リジェクトを食らったジャーナルよりも高いが、ステイタス的には最初に出したジャーナルより低い(歴史が浅いためか)。もう1つの候補はそのジャーナルの姉妹誌。直近のIFは8.4。ちなみにリジェクト食らったジャーナルの2021年のIFは6.3。IFだけではジャーナルの質は測れないという良い例だろう。

 

とりあえず、レビュアー2人だけでなく、エディター自身もかなり詳細に読んでくれて、指摘をくれたのでそのことには感謝したい。オンラインシステムを通じて、エディターにお礼メールを返しておいた。

 

ちなみにSpringer NatureのHPにTransfar Deskについての説明があった。どうやら同じ出版社内で適切なジャーナルを提案して、自動的に論文をTransfarしてくれるらしい。とりあえずどんなジャーナルを提案してくれるかだけ待ってみよう。

www.springernature.com

 

今日は、例の仕事をオファーしてくれたオーストラリア企業の人と今後について話し合ったりもして、余計疲れた。最近、自分が何をしたいのか、何をすべきなのかがわからなくなっている。いつもはこんなことがないのだけど。色々考えすぎて疲れた…。もう何も特別なことはせず、普通に日本に戻って、普通の会社員として生活した方が良いかな、と思ったり。全部めんどくさい気持ちになっている今日この頃。今は博論だけに集中したい。