40代からの博士課程留学

41歳でオーストラリア・メルボルンで博士課程留学(社会学)を始めた自分、現地小学校に通う子供のこと、家族での海外生活などを綴る。

2020年の振り返り

2020年は色々と予想外のことがありすぎて、上手く振り返ることができない。でも年が変わったばかりのこの時期に、まとめをしておくことは自分にとって意味があると思うので、簡単に記事にしておく。1年前に書いた記事に、2020年の抱負を4つ挙げているので、それを基に評価することにした。

 

fourty.hatenablog.com

 

1.自分と家族の心と体を健康に保つ → ◎

コロナによるロックダウンが長く、ほとんど外出しない日々が続いたので、ケガや感染症にかかるリスクが極端に低くなった。リスクという意味ではメンタルヘルスが最も大きかったと思うが、私が眩暈で1度倒れた以外は特に大きな問題はなかった。

 

2.アカデミアでの人脈を作って拡げる → 〇

これは状況が変わりすぎて評価が難しいが、オンラインという環境を使ってある程度、できたことはある。当初目論んでいた学内やオーストラリア国内の方は限定的になってしまったが、代わりに日本の学会や研究会への参加を増やした。

 

3.PhD初年度としての成果を残す → △

振り返ってみるともう少しできたかな、という気はしているのと、あくまで「成果」としてとらえて辛口評価。実務者として経験がある自分でも博士課程に入ると、全然アプローチが違って苦労した(している)。もちろん英語のハードルもあるが、これは想定内。分野が同じでも立場が違うと必要なスキルが異なる。とはいえ、全然ダメなわけでもない。社会人生活で培ってきた専門分野を広くカバーする最新の知識や基本的なプロジェクトマネジメントスキルなどは活かせているとは思う。知識の面では、社会人生活ではT型(幅広く自分の専門領域の経験を積みながら、1つか2つ誰にも負けないコアな部分を持つ)だが、アカデミアは逆T型(深く深く掘り下げていくと、いつの間にか地下で他とつながる)のイメージ。

 

4.コミュニティで何かしらの活動をする → ×

これは100%コロナのせいだ。(物理的な距離が近い)地域の人たちとの接触が規則上許されない状況だったのでいかんともしがたい。大学のボランティアの募集などもメールで来ていたが、子供の学習という本来は学校という組織で提供される義務教育のサービスを家庭内ボランティア活動で担うことになってしまったため、コミュニティに自分の時間を使う余裕はなかった。学校教育というのが子供にとってだけでなく親にとっても必要不可欠であることを痛感。

 

全体を振り返ると、とにかく「変化」が多い年だった。当初目論見では、会社員を一旦やめて学生になる、日本を出てオーストラリアで生活する、という自ら望んで起こした「変化」に対して慣れていくことを想定していたが、そこにコロナがやってきた。世界がコロナに翻弄される中で生じる様々な「変化」が自ら起こした「変化」と相まって、もう何が何だか分からない状態でもあった。自分から飛び込んでいった変化の渦に新たにコロナという強大な刺激が加わった形なので、どこまでが自分が起こした変化で、どこからがコロナによりもたらされた変化なのかの線を引くことができない。

 

外部環境により自分の計画や予定が狂わされる、という意味では、幸いなことに私はこれまでの人生で大きな自然災害に見舞われたり、事件や事故に巻き込まれたことがなかったということに改めて気づかされた。自分ではコントロールできない要因によって翻弄されるというのは相当なストレスになるが、その時点でできることを無理なく進めていくことが一番良い方法であると学んだ。Life goes on. どんなことになっても1日を生きていくことを積み重ねることが人生であることに変わりはない。

 

あとは結果に固執しすぎるのも良くないのかな、という気もしている。変化がある中でその時にできることや自分なりに良いと思ったことをしていくしかない。2021年になればいろいろなことが改善されるとは思わないが、変化に対する耐性はついてくると思う。

 

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2020年になって最初に撮影した写真。会社の女子会メンバーが東京駅近くの火鍋屋で壮行会を開いてくれた。もうずっと昔のことのよう。