40代からの博士課程留学

41歳でオーストラリア・メルボルンで博士課程留学(社会学)を始めた自分、現地小学校に通う子供のこと、家族での海外生活などを綴る。

40歳という年齢について考えたこと

このブログのタイトルにもわざわざ「40代」とつけているように、自分がこの博士課程の留学を決断した背景に40歳という年齢が関係している。普段、年齢はあまり気にしておらず、また他人が何歳というのもそんなに気にならない(知ったところで何かなるわけではないので)。自分の年齢も他人の年齢も気にならなかったのに、なぜか「40歳」という年齢は自分の心に異常に引っ掛かり、39歳のころはずっとソワソワしていた。いったん仕事を中断して大学院で勉強してみよう、というアイデアが浮かび(国内の大学院も視野に)、現実的に可能性を調べ始めたのも39歳の時だった。

 

2年ほど前、40歳を目前にして毎日毎日、「生活」ではなくて「人生」について考えるようなおかしな状態になってしまった。気になり始めると、不思議と40歳という年齢についての書き物が目に入ってきたり、突然思い出されたりする。私が気になったのは以下の3つ。時系列で並べる。

 

村上春樹の小説とエッセイ「遠い太鼓」

20代のころ、よく村上春樹の小説やエッセイを読んでいた。小説についてはかすかな記憶なので正確に思い出せないが、40歳を目前にした主人公(水泳をしているので引き締まっている)が裸で鏡の前に立って、40歳という年齢について考えるような場面があったような気がする。そして40歳という年齢は年老いすぎてもいないが若くもない、でも超えてしまうと元には戻れない分水嶺的な表現があったような。でもこの記憶があいまいなので、自分の頭の中で勝手に作り替えてしまった可能性もある。気になっているので、時間ができたら何の小説だったのか探してみようと思う(大学の図書館に村上春樹のほとんどの小説があるようなので)。

もう一つは「遠い太鼓」というエッセイ。作者が37歳~40歳の間、ヨーロッパで生活をしたときの話。「遠い太鼓」は20代のころから大好きで何度も読んだ。ここにも40歳についての表現がある。

四十歳というのは、我々の人生にとってかなり重要な意味を持つ節目なのではなかろうかと、僕は昔から(といっても三十を過ぎてからだけれど)ずっと考えていた。とくに何か実際的な根拠があってそう思ったわけではない。あるいはまた四十を迎えるということが、具体的にどういうことなのか、前もって予測がついていたわけでもない。でも僕はこう思っていた。四十歳というのは一つの大きな転換点であって、それは何かを取り、何かをあとに置いていくことなのだ、と。その精神的な組み換えが終わってしまったあとでは、好むと好まざるとにかかわらず、もうあともどりはできない。

村上春樹「遠い太鼓」 15~16ページ ※上記の抜粋部分の後にもしばらく四十という年齢についての考察が続く。

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自分のボロボロになった文庫本は実家に置いてあり、夫の持っていたものを今回オーストラリアに持参した

②「四十にして惑わず(四十而不惑)」孔子の言葉(論語

このフレーズが39歳になって突然頭の中に浮かんで、どういう意味だろう、考えたりしていた。40歳で迷ったり戸惑ったりすることがなくなった、という意味でとらえると、孔子先生が言っていることと自分は全然違う、自分はまだ成熟していないんだ、と思った。一方、ネットでいろいろと調べていると、逆の意味もあるようでなんだかわからなくなってきたのを覚えている。今考えなおしてみると、会社から提示されたとてもありがたい辞令(これまでやってきた仕事を一段上に発展させるとともにグローバル化の支援をすること)を断ってまで、自分の興味を掘り下げるような選択をした自分は、ある意味不惑なのかもしれない、とも思う。この選択をするときは10年に一度あるかないかくらい、非常に大きく惑ったけど… (そして今もどちらが良かったのかはわからないけど…)

fourty.hatenablog.com

 

③「人生の正午」 ユング

人の人生を一日に例えたとき、40歳は人生の正午、という言葉で表現したのがユング。これはすごくしっくり来た。自分が40歳を目前にして思ったのは、人生半分過ぎたな、ということ。そして私の人生にあと残されているのは、40代、50代、60代、70代なんだ、ということ(うまくいけば80代、90代と続く)。そう考えると40代はまだまだ若い。まだ何でもできるのが40代なんじゃないかな、と思った。これから人生は午後に向かっていくので、午前中にやってきたことを振り返りながら、回収していくようなことになる。

でも40歳はまだ正午。日も明るいし、午後にしようとすることを決めることもできる。今少しでも気になることややりたいと思うことがあれば、やれるうちにやっておかないと、本当に手遅れになる可能性がある。また午前中(20代から30代)に培ったものを自ら食いつぶしていくだけという、残り物的な過ごし方も嫌だな、と思った。そんな感じで、自分の人生の終わりを意識し、相対的に見ることができるのが40歳という年齢だと思う。これがきっかけでユングに興味を持ち、河合隼雄先生が若い時に書いたユングの解説書を買って読んでみたら結構面白かった。その中で共感したこと、気になったことについても今度気が向いたときに記してみたいと思う(上記②の選択肢が同じ日に提示されたことなど、明らかにミラクルであり、ユング的にはどんな解釈になるのかなど)。

  

ユング心理学入門

 

そして40歳という大台を過ぎてしまうと、また年齢のことはしばらく忘れて過ごせる毎日が来た。書いていて思い出したが、40歳ほどではないが、30歳という年齢も少しは引っかかっていたようで、記念日でも何でもなかったが、自分が30歳になる直前の土曜日に市役所に行って婚姻届けを出した。残念ながら結婚式は会場の予約が間に合わず、30歳の誕生日の2週間後に開催した。

 

次の大台は50歳。孔子曰く「五十而知天命」。天命を知る、という境地に行けるような気がしないけど…今できる予想は、子供の世話が楽になり自分の時間が今よりもたくさん確保できること、しかし食べ盛りの男子を養うために何かしら仕事はしないといけないこと、今よりもさらに開き直って図々しい中年になっていそうなこと。ただ、具体的に何をしているのか、想像できないのは楽しみでもある。

 

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今週は気持ちに霞がかかったような感じで、もやもやしていたので、週の途中にブログを書いて気持ちの整理をしてみた。コロナによる制約のせいで、気づかないうちに結構なストレスを抱えているのかもしれない。今までは平日の時間をなるべく生産的に使いたいので、ブログの記事は週末に書くように我慢していたが、ストレスをためないために、ブログは書きたいときに書くようにしたいと思う。