見た目では全くわからないけど、オーストラリアで生活していると、たまにアメリカ人に遭遇する。私がこれまで留学中に出会ったアメリカ人のうち、アメリカが嫌いでオーストラリアに来た人が何人かいる。アメリカという国については、好きか嫌いか、どちらかに分かれるような気がするが、アメリカが嫌いなアメリカ人はアメリカを出る。英語がネイティブなおかげで、英語圏の国への移住のハードルは(ノンネイティブと比べて)低い。移住先の筆頭はお隣カナダだと思うが、オーストラリアにも実はアメリカ人は結構いるように思う(留学生含む)。
私がが15年前にアデレードに留学していた時、同じ修士のコースにアメリカ人の女性が2人いた。そのうちの1人とは気が合って非常に親しくなり、もう1人とはそんなに親しくならなかったが、成り行きで一緒に家を借りて住むことになった。アデレードに留学していた時はアメリカ人との思い出が多い。気が合った方のアメリカ人の女性は私よりも少し年上で優しいお姉さん的な人だった。仕事で赴任していたオランダでオランダ人と出会い、結婚して第三国であるオーストラリアに移住してきたばかりだった。その人はそんなにアメリカ嫌いではなかったようだけど(一度アメリカの国旗が表紙のメモ帳をギフトとしてもらったことがある。ちょっと面食らった)、オランダ人の旦那さんがアメリカ嫌いのようだった。
私がシェアハウスしていた方のアメリカ人はたまたま私と同い年だったけど、現代版?ヒッピーで、ビーガンで、環境活動家だった。女優のように美人だったので、彼女と一緒にパブにいくと、男性からビールを奢ってもらう場面に何度か遭遇した。彼女はアメリカ(特に共和党)が大っ嫌いだった。当時はブッシュ政権で、9.11後のアフガニスタンへの爆撃、その後のイラク戦争と続いていた時期だった。そういった自分の国が嫌になったらしく「私はブッシュが大統領のうちは、アメリカに一歩も踏み入れないつもり!」と豪語していた。オーストラリアでの留学が終わった後、アフリカで活動するNGOで仕事を得て、現地に数年暮らして子供を産み、オバマ政権になってもアメリカに戻らず、今はタスマニアで自給自足に近い生活をしているようだ。
そんなことを久しぶりに思い出したのは、こちらに来て最初の1か月半暮らした大学のビジター用アパートメントでアメリカ人のレクチャラーにあった時。その男性(おそらく50代)も私たちと同じように1月にオーストラリアに来たばかりだった。話してみてわかったのは、アメリカの大学で法学部の講師をしていたが、この度、オーストラリアの大学に職が見つかったので、オーストラリアに来たということだった。奥さんは日本人だった。私が「英語がネイティブだと言語のハードルがなくて良いですね。こちらには何年くらいいる予定ですか?」と聞いたら、「確かに言語の面では苦労しない。オーストラリアの大学でのポストを探していて、たまたまこの大学に採用されたんだ。この先の人生ずっとオーストラリアに住みたいと思っている」という答えだった。
それを聞いて私が一瞬「うん?」という顔をしたからか、「You know what I mean.」と言われた。ああ、この人もアメリカがあまり好きではないアメリカ人なんだ、今トランプ政権だからな、と思って、「私が15年前にアデレードに留学していた時、ブッシュ政権が嫌でオーストラリアに来た、という友達がいました」と言ったら、「Yeah.」とだけ言われた。自分の国の悪口を他の国の人に言うのはスマートではないから、全部は言わないのだろう、と思った。
アデレードに留学していた時は、カナダ人や南アフリカ人など、他の英語圏からの移住者にも出会った。統計的に多くいるはずのイギリス出身の移住者には、なぜかほとんど遭遇したことがなかった(アデレードが田舎すぎたからか?)。南アフリカ人(白人女性)と話した時の話。その人は家族で移住してきた理由に治安をあげていた。子供が生まれて家族で生活するようになり、毎日自分の家に入るときに緊張するような生活は嫌になった、と。オーストラリアももちろん良いところばかりではないけど、比較的安全で生活水準も高く、人種差別も表立ったものはアメリカや欧州よりは少ないように感じる(ただしアボリジニ関連は暗い歴史を引きずっている)。国の経済を成長させていくために移民政策があり、昨年は1年間で50万人超の移民を受け入れた※。今年はコロナで移民の数が少なくなることについてのネガティブな面が報道されていた(多い時は多い時でネガティブな面が報道されるが)。
※流入に気を取られるが、実は30万人のオーストラリア人が同時に流出(他国に移住)しているようだ(知らなかった)。このため移住による人口の増減は+20万人程度となるようだ。この数字は自然増(生まれた人から亡くなった人を引いた数字)よりも多い。
記事を書いていてふと思い出したが、前回の記事の内容とも関連して、私は分水嶺にあたる記念すべき40歳の誕生日を出張中のアメリカで迎えたんだった。その日はアメリカ支社の仲間が、会議の途中でケーキを準備してお祝いしてくれた上、夜はディナーに連れて行ってくれた。しかし、ちょうど大統領選の中間選挙の結果が発表になる日だったので、話題は政治の話が主となった。同じプロジェクトをやっていたアメリカ人の責任者は民主党の支持者だが、普段は熱心に政治活動をしているわけではない。ただ、今回ばかりはどうしても民主党に勝ってもらいたいので、その人なりに結構大きな額を寄付し、何かのリストにも名前がのったそう。しかし、州の結果が共和党になりそうなことがわかり、ショックを受けていた。「自分の周りにトランプを支持している人なんていないのに、いったい誰が何のために共和党に入れているのだろう、信じられない。もうこんな州にいるのはごめんだ、引っ越したくなってきた!」と嘆いていた。「え、どこに引っ越すつもり?カリフォルニア?」と聞いたけど、結局引っ越しはしていないようだ。アメリカ人って結構政治の話をするもんなんだな、と興味深かった。
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最近家族以外の人と話をしていないせいか、ブログにいろいろと書き記したい気持ちになっているようだ。今週の特に前半は内容に集中できず、無気力状態になってしまったが、水曜日にブログを書いたせいか、そこからだんだん持ち直してきた。月曜日に指導教官との定例ミーティングがあるので、その時に今取り組んでいる章の組み立てについて相談する予定。今週の前半には、ミーテイングで話すこともないからキャンセルしようかな、と思っていたけど、後半何とか持ち直して相談できる内容まで組み立てができそうだ。ただでさえ孤独な闘いである博士課程の中、在宅ワークが続くとメンタル不調になる人が出てくるのがよくわかる。気を付けないと。