40代からの博士課程留学

41歳でオーストラリア・メルボルンで博士課程留学(社会学)を始めた自分、現地小学校に通う子供のこと、家族での海外生活などを綴る。

指導教官をマネジメントする

最近思う博士課程に必要なスキルとは、プロジェクトマネジメントスキル。タイムマネジメントは当然のことながら、ピープルマネジメントも重要な側面。特に指導教官をマネジメントすることが必須。久しぶりに思い出したこの感覚。日本の会社で働いていた時、上司との関係に行き詰ってこんな本を読んだ。内容は忘れたが、マネジメントというのは何も上から下にすることだけではない、というのはなるほど、と思った。ちなみにこの本はカバーをかけて、部内の後輩にも回し読みした(当時の私はまだヒラ社員)。

 

博士学生も会社員同様、忙しいボス(指導教官)をどのようにして自分のプロジェクトに巻き込み、エンゲージするか、計画を共有して動いてもらうか、マネジメント手腕が問われている。ほんと、社会人生活を長年積んでおいてよかったわ、と最近思う。これを20代の頃にやっていたらどうして良いかわからなくて相当悩んだかもしれない。

 

仕事上、普通は上司を選べないが、博士課程は指導教官を学生が選ぶことができる。自分が指導を受けたいと思う指導教官にリサーチプロポーザルを送って、門下生にしてもらう。それでも実際に指導を受けるまでは、研究のアウトプットしか知ることができない場合も多く(特に私のように社会人からGoogle scholarで先生を探して一本釣りするような場合は)、どんな人なのかは実際に研究を始めてみるまでなかなか分からない。

 

概論はこのくらいにして、今、なぜ私がこんなことを書いているかというと、まさに指導教官のマネジメントに苦労しているから。この3年間で一番困難な局面をこの2週間ほど送っていた。私の2人の指導教官について概略を記す。

 

正指導教官

  • オーストラリア人、Associate Professor
  • 女性、独身、50代後半
  • 社会人をやった後、41歳の時に博士課程(これは後で知ったけど偶然私と同じ!)
  • 納期を絶対に守る
  • 出来ないことは出来ないとはっきり言う(忖度しない)
  • バランス型
  • 2022年から週3日勤務のパートタイムに切り替え(他2日はヨガの講師)
  • 2024年に退官予定(らしい)

 

副指導教官

  • オーストラリア人、Associate Professor
  • 女性、夫と2人の小学生の娘と暮らしている(私の子供と同い年)、おそらく私と同世代(40代半ば)
  • 学部(Honours)から博士課程にストレートで上がり、その後もずっとアカデミアにいる
  • 2022年から(暫定)学部長
  • 納期を一度も守ったことがない
  • 頼まれたことは全て引き受ける
  • 完璧主義者
  • 深夜、早朝、土日にも働く
  • 働きすぎて定期的に体調を崩す

 

私がGoogle scholarで一本釣りしたのは正指導教官で、副指導教官は同じ学部にいる少し専門が違う人を正指導教官がアサインしてくれた。正式な書類上は、正副の指導割合は60:40。

 

別に誇張しているわけではなく、見事にありとあらゆることが正反対な正指導教官と副指導教官。共通項は女性というくらいしかない。私自身はどちらかというと正指導教官よりのタイプで、それもあって(あっさりしすぎなコミュニケーションも含めて)結構これまでやりやすいと感じていた。実際の指導は60:40という書類上の比率と違って、90:10でほとんど副指導教官の出番はなかった。それは、副指導教官がとにかく忙しすぎて、メールを送っても何も反応なし、ということが多数あったからだ。

 

2022年に大きく潮目が変わったのは、正指導教官が突然、フルタイム勤務から週3日のパートタイムに切り替えたこと。これによって、当然これまでのように早いレスポンスが期待できなくなった。それでも特に困ることはなかったが、2022年の後半になって、リタイヤの計画を具体的に立てたからなのか、これまで貯めていたと思われる年休をバンバン消費するようになり、毎月、月の半分くらいしか勤務しない状態になってしまった。月の半分といっても、もともと週3日しか働いていないので、月に6日しか稼働日がないことになる。

 

実際に私の指導に大きな影響が出始めた。私の方でいくら計画を立てて、それを正指導教官に共有していても、突然2週間休まれることがある。2週間前に起きたショッキングな事。来週の博士課程3年目の審査(Final Review)に向けて、Discussionの章を一生懸命書き直し、毎週のように正指導教官とやり取りをしていた時のこと。突然、翌日から私の3年目審査の前日まで2週間年休を取るとの宣言。かなりショックだった。

 

いや、そもそも3年目審査のレポートは、審査1週間前に大学のシステムにアップして、指導教官が承認する形になっているけど、それはやってくれるんでしょうね。それに、チャプター以外の書類については、まだレビューを受けていませんが、誰のレビューもなしに提出して良いんですか?3年目審査の前日に休暇から帰ってくるけど、とにかくその日に私のために時間を取ってください、と畳みかけるように依頼。「こいつ、逃げようとしている」と直感的に思い、私の中で戦闘モードが発動した。

 

たぶん、普段の私と違う雰囲気だったせいか、相手も思わず「休み中にシステム上で承認は出来ます。まだ見ていないドラフトは来週休み中に見ます。審査の前日に時間を取ります。」と要求事項を全部承諾してくれた。しかし、肝心のDiscussionの章の書き直しバージョンは、副指導教官の手にゆだねることに。この時点で不安しかない。

 

副指導教官にはその後すぐさまメール。正指導教官が2週間の休みに入ることになったので、来週の何曜日にDiscussionの章をあなたに送るから、再来週の何曜日までにレビュー結果を返してください。とリクエスト。Definitelyと返ってきて、逆に不安。そしてその不安は的中。副指導教官にはレビュー期間を5日ほど与えて、提出の締め切り2日前にレビュー結果を送ってくれるように依頼していたけど、半分予想していたように、私が設定した日までにレビューは返ってこない。その時のメール。

 

I am very sorry that things have come across my plate today that has meant I haven't finished the review I had hoped to. I am very sorry for this. I will try to get up early tomorrow to finish what I have started...

このメールが返ってきたのは、私が設定した日の夜の11時50分過ぎ…。いつものパターンだ。いっぱいいっぱいになって何もできていないんだろう。

 

翌日(提出納期の前日)。この日の午前中に来ると期待した私がばかだった。午前中に来たメールがこれ…。言い訳が始まった。ミーティングの合間に片手間で、Discussionのような思考が詰まったチャプターをレビューできるわけがない(副指導教官はこの章を一度も読んだことがない)。

I will try to get to the chapters throughout the day between meetings. I had anticipated that things would be quieter at this time of year and it has turned out to absolutely not be the case. 

 

待っているだけだとイライラするので、投稿論文を直したり、学会の発表資料を作ったりして、なるべく副指導教官のことを考えないようにして過ごした。でもさすがに、前日の夕方まで、返信が返ってこないと私も不安に。指導学生が3年目の審査という重要なマイルストンを迎えるのに、何も予定がないのに年休消化のために前日まで休みを取る正指導教官、やるやる詐欺の副指導教官。この状況、審査の時にパネルに訴えてやるぞ、とまで思った。

 

さすがに夜には返事が来ているだろうと不安に思いながらも就寝。提出納期の朝、5時ごろ目が覚めた。メールを見たら、なんと返事が来ていない。いい加減にしろ、と思ったが、ここで感情的になってはいけない。私は私にできることをするだけ。5時半ごろ、正副2人の指導教官に以下のメールを送付。

Since today is the due date of my milestone report submission and the chapters haven't been reviewed by 副指導教官 yet, should we ask for advice from the chair on whether the late submission is accepted or change my final review date? Please let me know what I can do from my side.

 

1分後に副指導教官から返信。

Am on it right now. You can submit by cob today.

 

6時前から仕事していたことに一瞬驚くが、いや、You can submit by cob today. っていうけどさ。私が数日余裕をもってお願いしていた納期を食いつぶして、よくそんなことが言えるな。あなたも子供を持つ身ならわかると思うけど、突然子供の体調不良が起きて、自分の作業時間が取れないこととかあったでしょ。子持ちはそういうリスクも織り込んで仕事を進めるものじゃないの?と同じ立場だからこそがっかりした。

 

実際に返ってきたのは、一番見てほしかったDiscussionの章は、あまり見れていないけど大体良い、みたいなコメント。そんなに見なくて良かったdocumentには細かい修正(もちろんありがたいが)。Discussionの章を見てほしいと伝えたのに、伝わっていなくて残念。フィードバック自体の質は高い。研究者として優秀なのはコメントの内容からよく分かる。

 

でも研究者としては優秀だけど、一般企業なら絶対にこのような立場(暫定学部長)にはなれないし、仕事相手として全く信頼できない。もちろん人間的には良い人だから、人として嫌いではないけど、仕事は一緒にしたくない相手。八方美人の完璧主義者。一見人のことを気遣っているようで、すべての締め切りを踏み倒し、相手のスケジュールをぐちゃぐちゃにすることで、実は一番人に迷惑をかけているタイプ。でも研究者ならこれで良いということか。むしろこのようなタイプは喜ばしいのか?私が企業の論理をアカデミアに持ち込んでいるだけ?

 

一般企業の仕事では、何でもかんでも引き受けて一生懸命やって評価されるのは、自分の仕事だけをしていればよい20代後半~30代前半までじゃないかな。責任を持つ立場になってそんなやり方をしていては、周りに迷惑をかけるだけでむしろ仕事ができない人のタイプになる。企業での仕事のやり方に慣れている私は、この人が正指導教官じゃなくて良かったと思ってしまった。

 

私のスリランカ人のPhD友人は、私と正副が逆の指導を受けている。つまり、この副指導教官が彼女の正指導教官。これまでひどい話を聞いてきたけど、まあその通りだった。彼女の場合、1年目の審査のレポートを納期の3か月前に送るように要求されたからそうしたら、それを2か月間放置され、見かねた彼女の副指導教官(私の正指導教官)が先に見るよと言っても、私が見てからにしてほしい、とボールを持ち続け、最終的に締め切りの2週間前にレビューしてくれたとのこと。後工程のこと何も考えていない。そんなことも大学ではOKなやり方?

 

先生は労働者として休む権利があるが、それと同時に私たちは博士課程の学生として指導を受ける権利がある。要求のぶつかり合いでネゴシエーションが必要なグローバルビジネスの場面と似ている。たまたま私は奨学金をもらっていて授業料免除だが、授業料を支払っているとしたら毎月30万円程度になる。そのうちいくらかは指導教官にも手当として入っているわけなので、仕事をしてもらわないと困る。忙しいからと学生の指導を後回しにすることは単なる無責任。もう大人なんだから、自分の仕事量は自分でマネージしなければいけない。できないなら学生を引き受けてはならないと私は思ってしまう。

 

私の目下の課題は、セミリタイヤに向けてステップバックしている正指導教官を残り数か月、いかに自分のプロジェクトにエンゲージするか。あと長期で休む場合は、今回のように休みに入る前日ではなく、早めにその予定を共有してもらうようにお願いするしかない。正指導教官の指導スタイルは気に入っていて、他の学生からの信頼もある(ちょっとコミュニケーションがドライな側面もあるが、私は気にならない)。正指導教官さえ私のプロジェクトを見てくれていたら、副指導教官は何もしなくても回っていく。

 

ほんと、社会人経験を積んでおいてよかった、グローバルプロジェクトのマネジメントを通じて世界中の担当者や外注業者と英語でのネゴシエーションをした経験があってよかった、と今になって思う。社会人経験なしだったら、私は博士課程をできていなかったと思う今日この頃。