40代からの博士課程留学

41歳でオーストラリア・メルボルンで博士課程留学(社会学)を始めた自分、現地小学校に通う子供のこと、家族での海外生活などを綴る。

博士課程の3年目の審査終了!

昨日、博士課程の3年目の審査(Final Review)が終了した。タイトルにビックリマークつけるテンションでもないが、前回の記事のタイトルに合わせて。

fourty.hatenablog.com

 

結果は合格。不合格になることはないだろうとは思っていたが、無事に終わってほっとした。今回は本当にすったもんだあった。最近のブログの記事もダークモードになっている。

 

前回の審査から1年を待たずに最終審査。博士課程開始から2年10か月。周りを見ると、3年目の審査を遅らせる人はよくみるが、私のように早めた人には会ったことがない。同じ時期(2020年初)や少し早く(2019年後半)にPhDを始めた社会学の同期的な友人たちをごぼう抜きした。とはいえ、いくら早く博士論文を提出して、奨学金の受給期間を縮めることで大学に経済的に貢献しても(しかも数百万円単位で)、博士課程を早く終えることは学生にとって何の評価にもならない。大学は経済論理で動いていない。大事なのは質である。

 

だから、私の3年目の審査の目標は単にパスすることだけでなく、いかに根本的な修正が必要なコメントをもらわずにパスするか、であった(スピードと質の両立)。というのも、ここ最近出席した他の博士学生のFinal Reviewの審査の会では、理論的フレームワークにケチつけられたり、分析のやり方自体に疑問を呈されているケースを見ていた。傍観者ながら、こうなるとFinal Reviewは怖いなあと思っていた。私の場合、これを食らったら、絶対に3月初に論文を完成することは不可能。もともとの納期である来年8月(3年6か月)までみっちりフルタイム学生しないといけなくなる。

 

Final Reviewに向けたごたごたは2つ前の記事に書いたが、昨日、審査の1時間前に正指導教官から嫌なメール。内容は、「あなたのDiscussionのチャプターを読んだけど、まだフローが悪いし、wording issuesも散見される。私は読んでいて混乱する。とりあえず審査員が何というか聞いてみましょう」というもの。こんなメール、審査の1時間前の学生に送る必要ある?と目を疑った。自分が2週間がっつり休んで、その間副指導教官に投げてみたけど、副指導教官が明らかにチェックしていないことに審査の当日に気が付いて、そのことを学生に言う。ちょっと理解がしがたい行動。

 

一応返事は書いておいたが、心の中でこのメールは無視。こんなメールにメンタル状態を崩されても困る。もし審査員にボロカスに言われたとして、後から「私もメールに書いたように、あなたのレポートいまいちだと思っていたんだよね」と言いたいだけのメールでは?まあ、これを機に、副指導教官に投げるとこういうことが起こると理解してもらえたら良いが。と同時に、いかにいつも正指導教官がちゃんと見てくれていて、私のミスを一つ一つ直してくれていたのかを改めて思うことにもなった。

 

審査は4時から。少し遅めなのは、1年目、2年目の審査にもエキスパートパネルとして参加してくれているイギリスの大学の先生に合わせて。イギリスは朝5時。私の審査のために早朝から時間を割いてくれて本当にありがたい。審査には、チェアの先生、エキスパートパネル、学部のパネル(社会学の教授)、指導教官2名と聴講者が参加。聴講者は今回6名のPhD仲間が参加してくれた。

 

20分のプレゼンは緩急つけて話すことができたと思う。18分くらいで終了。中身が詰まっているから、聞いている人が疲れたのではないか、ということだけが心配。その後、10分ほどのQ&Aタイム。エキスパートパネル(イギリスの先生)から。1つの質問と2つのコメントを時間内にもらった。

 

質問は、分析の方法について。ちゃんと答えることができたから、納得してもらえた(良かった…)。コメントは、根本的なことというよりも、ライティングで対応できることだった。1つ目のコメントは、調査対象を理論的サンプリングで抽出しているから、最終的にはそれ以外も世の中にいることを想定した書き方をするべきとのこと。今の書き方だと企業全体に当てはまるような風にも聞こえるのが気になると。ごもっともな指摘。もう一つのコメントは、私が開発したモデルを将来的に量的研究でテストするとき、自分ならもう少し条件を知りたい。企業の業種や規模、上場有無やガバナンス体制などの情報も追加し、それをモデルに加えることができればなおよい、とのこと。

 

2つ目のコメントは嬉しかった。モデル自体は理解してもらえていることが分かったし、将来そのモデルを使って大規模な調査をしてほしいと思っているので、そういう観点で建設的なアドバイスをもらえたことは、モデルが認めてもらえたように感じた。

 

学部のパネルの先生からは1つだけアドバイス。「私はこの分野の専門家ではないから、今は一般的な博士論文審査員の帽子をかぶってコメントしますね」とのこと。何言われるのかちょっと怖いと一瞬ひるんだ。専門外の人から頓珍漢なコメントをもらうのが一番怖いので。蓋を開けてみるとライティングについてだった。フローが悪い場所がある、Discussionチャプターを読んでいて、セクション●●にあるように、とかセクション●●参照と書かれているのがちょっと疲れる。それが無くても全体がわかるようにして欲しい、とのリクエスト。実はこの作法は正指導教官の指示で行ったので(すべて前の章を参照するようにとのこと)、人によってスタイルが違うんだなあと。

 

博士論文はもちろん、これから博士論文をもとに投稿論文や書籍を執筆することになると思うが、その時にもこの点は気を付けてください、と言われた。投稿論文や書籍を書く前提で話してもらっているのが嬉しかった。

 

このセッションのあと、2年目の審査と同じように、指導教官が退室してパネルとチェアに何か言いたいことを言う(特に何も言わなかった)、その後私が退室して審査会。最後、集まって結果の共有。チェアの人は2年目の審査でもチェアをしてくれていて(1年たっていないから)、私の前回のプレゼンを覚えていてくれたみたい。「数か月前にあなたの2年目の審査のチェアもしたけど、あれから今日まで随分研究が進んでいて私は感激しました。あなたは合格です。Dr. 〇〇の誕生まであと少しですね。あとはライティングを頑張ってください。でも今はお祝いして少し休んでください」ととても暖かい言葉をかけてくれた。こんな風に言われると思わなかったので、素直に嬉しいと思った。

 

その後、正指導教官からメール。喜んでくれた。

And BIG congratulations - well done. The presentation was excellent - very clearly stepping through SQ4 and SQ5 and the model. It would be good to talk about how we can translate how you presented the model to the narrative in your Discussion chapter.

 

やっぱりライティングにまだまだ課題がありそうだ。先生も不安に思っていたんだな、と今ではわかる。でもこれで毎月のようにしていた英語のプレゼンはしばらくしなくて良い。ひたすらライティングに集中できる。

 

振り返ってみると、2年目の審査から3年目の審査の9か月間でたくさんのアウトプットをした。

  • 学会発表:4件(英語3件、日本語1件)
  • 論文執筆:2本(英語1本、日本語1本)
  • 実務者へのプレゼン:2件(両方英語、APAC向け)
  • 実務者へのアドバイザリー:1件(日本の金融庁

アッピールのために全部プレゼンの最後に織り込み、私は今後もこの研究を通じて実務社会にインパクトを与え続けたいです、と宣言。

 

とはいえ、出版物はサイドワークで行った書籍のチャプター1本だけで(やっておいてよかった)、投稿論文は一本も出版されていない(学会のProceedingsの中にはフルペーパーもあるので、ピアレビュー出版物として発行されているものもあるが)。ひとまず12月中に投稿するために今日からまた執筆活動にいそしむ。その後は博士論文に集中し、提出した後にできれば投稿論文に取り掛かりたいところ。