40代からの博士課程留学

41歳でオーストラリア・メルボルンで博士課程留学(社会学)を始めた自分、現地小学校に通う子供のこと、家族での海外生活などを綴る。

戻ってきた日常、博士課程2年目に突入

先週金曜日から小学校の新学期(新学年)がスタート。実は木曜日からVic州の公立学校は始まっているけど、なぜか木曜日はPupil free dayということで、先生が準備をする日として子供は登校できない。このシステムは当たり前だと思っていたらそうでもないようで、学校によってはちゃんと夏休み中に先生が準備を整えていて、州が定めた日から授業スタートのところもある。子供たちが通っている学校は、労働者である先生たちにやさしい学校のようだ。

 

こちらは新学期でも新学年でも儀式がない。長男は小学5年生に、次男は小学1年生になったが、クラスが変わり、先生が変わり、教室が変わったこと以外は特に変化がない1日目。長男は今回、4/5年生の混合クラスの5年生。昨年は3/4年生のクラスだったこともあり、同じクラスだった友達が何人か一緒で安心。一方、5/6年生の複合クラスもある。5年生として、1つ下の4年生と混合のクラスになるのか、1つ上の6年生と混合のクラスになるのか、普通に考えると学習の習熟度で分けていそうだけど、長男の話だとそうでもないようだ。前のクラスで勉強がよくできる同級生たちが、6年生と一緒のクラスに振り分けられたわけでもない。

 

次男は1年生に。こちらの小学校は、日本の年長にあたる学年からPrepというクラスで小学校がスタートするので、あまり新しい感じがしない。次男はこちらに来てからこどもちゃれんじを海外受講していて、最近ベネッセがこれでもか、と新一年生ネタを折り込んでくるが、海外にいるので全然ピンとこない(海外受講でもコンテンツは国内と同じ)。長男が1年生になった時は、日本に住んでいたのでランドセルを背負って黄色い帽子をかぶって登校、親も入学式に出て、桜の木の下で記念撮影をするという行事をしたが、次男の人生にはそのシーンがないというのが少し寂しいと思ってしまった。

 

金曜日に1日だけWeek1の登校をしたら、翌日土曜日、長男は日本語補習校に。補習校は日本の学期に合わせてあるので、まだ4年生。初めて補習校の場所に付き添ったが、大量の日本人にびっくり!幼稚園から高校までで、生徒数が500名以上いる。両親ともに日本人、もしくは両親のどちらかが日本人という家庭の子供が通っているが、メルボルンが大都会であることをここでも再確認。幸い、自宅からは自転車でも行ける距離だが、遠い人は、車で2時間以上かけて通っているとのこと。いわゆるフルタイムの日本人学校に通っている人は来ていないはずなので(同じく日本の教科書を使って学ぶため、土曜日に別の学校に行く必要がない)、ほとんどは現地校に通っている子供たち。学校の中では日本語しか使えないルールなので、長男にとってはまだ登校3日目にもかかわらず、ホーム感があるようだ。

 

ロックダウンが終わって、現地校は昨年10月から、土曜校は昨年12月から登校が再開されたが、今年になってコロナが収束していることもあり、付き添いの親のルールも緩和された。これまでは、現地校では親は一切学校敷地内に立ち入ることができず、また他の親と学校の側で会話することも禁止されていた。今年になって、まだ教室の中には立ち入れないが、学校の敷地内には入れることになった。特に低学年は教室が変わって混乱する子も多いので、親が一緒に付き添えて良かった。土曜校はまだ親のボランティアなどの仕組みが戻っていないが、対面での入学試験が再開されたとのことで、次男は4月の入学に向けて、今週土曜日に土曜校で試験と面接を受けることになった(保護者と先生の面談もあり)。ロックダウンと夏休みが終わり、日常が戻ってきたと感じた。

 

日曜日の午後は自宅から車で30分ほど離れたビーチに。いつも行くところよりも少し南に下ったところ。市街地からさらに離れるため、人も少なく、心なしか水もより澄んでいた。なんてことないお出かけだけど、日本にいたときにはできなかったこと。贅沢だな、と思う。こちらに住んでいるうちに、こういう時間の過ごし方をできるだけしておきたい。 

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青い空と青い海

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ビーチの前にある公園は灯台がモチーフになっていた

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奥に見えるのはモーニントン半島

気温は22~23度と快適だったが、ビーチと公園で2時間ほど遊んだら、日差しのせいで暑くなってきた。突然アイスクリームが食べたくなり、調べてみたら車で10分ほど戻ったところに美味しそうなジェラート屋さんがあった。ビーチを引き上げてジェラート屋さんに(と言ってもそこも海沿いの街)。種類も豊富で味も良く、店員さんもフレンドリーで人気の訳が分かった。

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30種類くらいある中から選んだのはピスタチオアイス

そして月曜日。2月が始まった。私の博士課程の2年目がスタート。何か特別なことをしようと思ったけど思いつかない。先週は仲間に会えたのに、月曜日にオフィスに来ていたのは、相変わらず挨拶以外の言葉を交わさない寡黙な文学青年トムと私の2人だけ。せめてランチは外食しようとキャンパスの中で食べ物屋さんが集まっている場所に行ったら、これまでなかった日よけのテントが張られていて、人も多かった。これも日常生活が戻ってきた証かな、と。でも学部生が戻ってくるのはまだ1か月先。活気ある大学のキャンパスに身を置きたい。

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月曜日のキャンパスは曇り空。強い日差しがないのは実は快適

私はもうFirst yearと言えなくなってしまった。新人の期間はこれで終了した。月曜日には、ちょうど1年目の審査会に向けたプレゼン資料が完成したのと、提出するレポートの修正も一通り終わった。レポートはあと少し文字数を削らないといけないかもしれない。1年目を終えた手ごたえや達成感は特にないが、こんなもんかな。1年後の自分はどのように感じているのだろう。コロナに翻弄された1年目の振り返りをすると、この先に多くのことを望まないようになる。これは絶対やってやるぞ!というのではなく、こんなことをしていけたら良いな、という心持ち。外部環境に翻弄されがちな今は、その気持ちを持ち続けられることが大事な気がする。生活とのバランスを取りながら、研究についても悔いが残らない過ごし方をしたい。

 

 コロナで大変なことになるなんて予想していなかった1年前の記事。すでに懐かしい。

fourty.hatenablog.com