40代からの博士課程留学

41歳でオーストラリア・メルボルンで博士課程留学(社会学)を始めた自分、現地小学校に通う子供のこと、家族での海外生活などを綴る。

渡豪して1か月 振り返り

明日で渡豪1か月。最初の1か月を振り返ってみたいと思う。

 

まず自分が行ってきたことで感じたこと。

①子連れの留学はセットアップ完了までの時間が長い

予想していた以上に生活のセットアップに時間を取られ、そのことで気持ちが焦りストレスを感じた1か月だった。当初の目論見(=今となっては甘い見通し)では、1月の中旬に到着して最初の2週間に集中して生活のセットアップを行い、2月初に大学のコースが始まったら研究生活に入る予定だった。現実は、最初の2週間は子供の小学校も始まっていなかったため、常に家族4人セットでの行動となり、生活のセットアップが思うように進まなかった。1月末に子供の小学校が始まってやっと昼間に時間ができたが、私と夫の大人2人で時間を効率的に使おうとするものの、英語ができるのは私だけ、運転ができるのは夫だけ(1度だけ私も短距離を運転したがまだ不安)ということで、結局並行作業ができず、すべてに時間がかかってしまった。そんな中で、夫も日本のクライアントとの仕事が途切れず(これはありがたいことだが)、私も大学の方の手続きの開始などを行っていた。時間の使い方が細切れで大して何も進んでいないと感じたのかもしれない。そして前回前々回の記事で書いたように直近1週間は仮住まいから本住まいへの引っ越しと手続きにかなりの時間が費やされてしまった。本住まいは家具付きではない家で文字通りゼロからすべてをそろえる必要がある。この1か月で行った回数が多いのは断トツでIKEA。今我が家はキッチン、ダイニング、リビング、バスルーム、ベッドルームとすべてIKEA商品で支えられ、おかげで私は家具の組み立てスキルが上がったように思う(でもまだ足りないものがあるのでIKEA詣はしばらく続く)。

 

②オーストラリアの事務手続きは約50%が合っている(残り50%は間違っている)

ある程度わかっているつもりだったものの、オーストラリアの事務手続きの不正確性により、いろいろなことに余分に時間がかかった。当初、オーストラリアにおける事務手続きの正確性は60~70%くらいではないか、と思っていたが、ふたを開けてみると半々のようだ(あくまで個人的な感覚だが)。渡豪して最初の1か月は各種手続きが多いが、ミスも多くそのたびに問い合わせして確認、ミスを直してもらう作業に時間がかかる。普段の生活であれば‘No worries!’と若干余裕に構えていられるが、手続きが集中するとあちらこちらのミスに「まただよ」とため息がでる。例えば、大学に正式にEnrolしたのに奨学金の情報が接続されておらず、Student Financeから脅し気味の学費請求書が来たこと(問い合わせして待つこと数日、支払い不要なことを確認)、保険会社に保険証を家族4人分請求したのになぜか次男の分だけ来ないこと(アプリではきちんと4人分表示されるので当面これを使う)、車の登録手続きの際に運転免許センターの職員がパスポートのスキャンをし忘れて後日出頭命令を受けたこと(念のためこちらのミスではないことを伝えたら‘That's all right!'と謎に明るい返事)など… 悪いのはオーストラリアではなくて、こういうことを計画に折り込んでいなかった自分なんだ。オーストラリアではこれが当たり前だし、世界にはもっと手続きがルーズな国もあるのだから、半分も合っているならラッキー、間違いを指摘したら直してくれるのでありがたいなあ、と思わないとやっていけない。

 

③キャンパスはとても素敵、指導教官との相性も良さそう

1か月の中で、もちろん良いこともあった。一つは大学のキャンパス。郊外にあり、とても良い環境、歩いてすべてを見てまわることはできない広さ。今週木曜日に仮住まいのカギを返すためにキャンパスの一番奥の事務所まで自転車で行ってみたが、キャンパス内がまるで公園のようになっており、いるだけで気持ちが良い。そしてカフェが多数あり、疲れた時に一息つける場所にも困らない。ここで3年間学べるんだと思うとうれしくなった。また以前の記事にも書いたように、指導教官の先生との相性は良さそうなことが分かり安心した。先生の博論を今も読んでいるが視点が自分と似ている部分が多いことが分かったし、先生のキャリアと自分のキャリアも重なるし(理系の学部を卒業し、企業で15年超働いた後に40代で社会学部の博士課程という流れ)、全般的にコミュニケーションにストレスが少ない(きっちりしすぎないが、完全に放置でもない)。早く研究生活を軌道に乗せたい。

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キャンパスの一角、コアラでもいそうな雰囲気

 

次に子供関係。

④子供は1週間強で現地の小学校(バイリンガルスクール)に慣れてきた

最初の1週間は長男も次男も「学校行きたくない…」と言っていたが、次の週の水曜日くらいから言わなくなった。英語がわからないなりにも慣れてきたのだと思う。特にYear 4の長男は、さっそく気の合う友達ができたり(日本語ができる子)、Sportsの授業でサッカーをやった際に活躍できたらしく、サッカーが上手なクラスメートに「Nice!」と言われたのが相当うれしくて、自信がついたようだ。算数は日本と比べて簡単らしいが、英語がわからず発言するところまではいけていないとのこと。Foundation(年長)の次男の様子はいまいちよくわからない。休み時間は自分の友達ではなく、長男とその友達に混ぜてもらって遊んでいる模様。日英半々の授業を受けているが、日本人なので読み書きは日本語を最初に習っているようで、こちらに来てから学校で練習して、いつの間にか自分の名前を平仮名で書けるようになっていた。

 

⑤子供が遊ぶ場所が充実している

オーストラリアに来てよかったことは、子供が遊ぶ場所が有料・無料問わず多数あること。まず無料の場所の筆頭は公園。広大な公園がいたるところにあるほか、ちょっとしたスペースでもおしゃれな遊具が置いてあって遊べるようになっている。日本の郊外に見る朽ち果てた公園というものをこちらでは見たことがなく、それぞれの遊具にテーマがあり、どれも一緒ではない。ちゃんと税金を使って公園を整備していることがわかる。あとはビーチも無料で遊べる場所。1か月で3回、それぞれ違うビーチに行った。今住んでいるところから車で20分くらいで最も近いビーチに出られるが、海沿いで釣りをしたり、自転車で走ったり、スクーターをしたり、スケボーをしている子供たちが多い(もちろん大人も)。海の水は冷たいので我々は入らないが、海を見ながら遊ぶのは楽しい。そして有料施設も充実している。先週末は公営のプールに行ったが、室内の温水プールで、子供用のスライダーやプール用の遊具が充実していた。値段も高くなく、冬でも雨でも遊べる良い施設。また室内遊園地にも2回行った。巨大な遊具で力を持て余した各民族の男子たちが奇声をあげながらエネルギーを発散させている。東京のお行儀が良い地域では完全にやんちゃにカテゴリーされ、迷惑がられていた我が家の男子もこちらではいたって標準的。上には上がいる。

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ここは車で1時間くらいのところにあるビーチ、白砂がきれい

 

⑥子供と一緒に過ごす時間が多く、親は自分の時間が取れない

こちらに来て不便だと思うことは、以前の記事にも書いたように思うが、子供の単独行動ができない/しにくいこと。まず登校は少なくとも低学年のうちは保護者が付き添っている。3年生か4年生くらいからは子供だけで登校する姿も見られる。毎日の送り迎えに地味に時間がとられる。そして、学童(After School)が高すぎて使えない。小学校が始まる前と終わった後に子供を見てくれる学童保育があるが、1人1時間20ドル以上するため、経済的に預けるハードルが高い。このため学校から直帰となり、平日3時以降9時までほとんど作業ができない。このままではダメなので、どうにかうまくやっていく方法を夫と考えないといけない。日本にいるときに住んでいた東京の自治体は子育てに税金を使ってくれる自治体だったので、親が働いていてもいなくても登録さえすれば無料で学童保育を利用でき、本当に助かった。また児童館も無料で遊べる場所だった。直近1年くらい、長男はほぼすべての週末、自分でおにぎりを作り、歩いて児童館に行き、友達と朝から夕方まで過ごしていた。そして保育園も無料だったので助かっていた。ありがたかったな、と思う。

 

そんなこんなで家族との時間が濃すぎる1か月が過ぎていった。セットアップはほぼ終わり、生活もようやく落ち着いてきたので、次の1か月は研究に着手したと胸を張って言える状況にする。