40代からの博士課程留学

41歳でオーストラリア・メルボルンで博士課程留学(社会学)を始めた自分、現地小学校に通う子供のこと、家族での海外生活などを綴る。2023年3月帰国、11月に博士号取得。現在は東京にある外資系企業で勤務。

2026 メルボルン短期滞在記 (1)

今年の夏休みはメルボルンに来ている。1週間前に家族4人で来て、夫と長男は1週間で帰国、私と次男は2週間の滞在予定だ。今は次男と2人の生活になってから3日目。最初の1週間は家族で密着して過ごし、観光や旧友とのキャッチアップに忙しかった。2人が日本に帰国した今、日常生活を送っている。日ごとの日記をつけたいと思いながら1週間がたってしまった。2年ぶりにメルボルンに来て様々なことを感じている。それをブログに残しておきたい。

 

まず今、私は1人で3ベッドルームの家にいる。次男は昨日の夕方から友達の家に泊まりに行ってしまった。それでこのように振り返ったり、ブログを書く時間が取れている。

今回の滞在先の3ベッドルームの家

今回滞在しているのは、3年前まで住んでいた家から徒歩で3-4分の場所。かなり近所。2年前に私の卒業式に出席するためにメルボルンに来た時にも同じエリアに家を借りたが、それよりもさらに前の家に近い場所。当然、住んでいた家がどうなっているか見に行きたくなる。今はリフォーム中で空き家のようだった。隣に住んでいる大家さんのお父さん(住宅の設備補修など行うギリシャ人の職人さん)が出入りしてリフォーム中であることが分かった。次男と一緒に家の前を通ったとき、今からこの家に住めないのか?入れないのか?と聞かれて切なくなった。3年間前に一気に気持ちが引き戻された。

家族で住んでいた家は空き家になっていた(リフォーム中)

今回の短期滞在で一番強く感じたのは、子供たちの後戻りできない成長。大人はそんなに変わっているように見えないし、景色もほとんど変わっていない(店が入れ替わったり、新設される駅のための工事が始まっていたりなどはあるが)。長男はメルボルンを去るときは中1のTerm 1を過ごしていた。今は高1。中学から高校という最も変化が激しい3年間を経ていることもあり、2週間の滞在を提案したところ、1週間でいい、やることないから、という返事。

 

実際、中1と高1では行動の仕方も大きく異なる。日本では小学校高学年から子供たちだけで電車に乗って出かけたり、中学生になると子供たちだけで外食したり(マックやサイゼリヤ)と、かなりIndependentになる。オーストラリアではそれは高1くらいから始まるようだ。15歳になったころからアルバイトを始める子が出てきて、自分で自由に使えるお金を手にする。また親の送迎を必要としなくなり、暗くなってからでも電車やバスを駆使して移動する(これは男子の場合に限るかもしれないが)。

 

オーストラリアでも学校帰りにバスに乗ってショッピングモールに行き、映画を見てフードコートでご飯を食べる、という行動は中学1年生くらいから始まるみたいだが、中学生だとまだ帰りは親に迎えに来てもらったりもするようだ。高校になると(特に男子は)日本の高校生と同じような行動をとる。つまり、どこで何をしているのか、親は把握することが困難。

 

長男については、小学校で仲良しだった友達が、それぞれのSecondary Schoolに進学したことから、日本に帰国した長男だけでなく、こちらに住んでいる友達も別々の交友関係を築いている。長男が久しぶりにメルボルンに来たことで小学校の時に仲良しだった友人5人(全員が日本×オーストラリアのファミリー)が集まって、平日の夜に映画を見てラーメンを食べるという遊びをした(一風堂のラーメン、33ドルって…)。また、別の日に同じメンバーで友人の家にディナーを食べに行かせてもらった。

 

長男が日本から遊びに来ていることが伝わり、Secondaryで2か月だけ一緒だった、小学校は異なるローカルの友達からもお誘いを受けたのに、もう帰国しなくてはいけないタイミングで会うことができず、親としては切なかった。長男からフライトを変えられないかと聞かれて、カンタスのHPで夫のフライトと予約を分離し、日程変更自体は可能であることが分かったが、追加費用が8万円かかるということで断念した。直近の3年を日本で過ごした長男。思春期も相まって、他人に気を遣う人になっており、自分から誘うことはできないのは仕方ないとしても、もうオーストラリアで自分なんか誘ってもらえない、と思うようになってしまったのが悲しい。

 

一方、小6の次男はこちらにいたときはロックダウン攻めにあい、ホームラーニングが大好き、ずっと家にいたいと内向的な性格だと思ったが、今回、誰よりもオージーぽさを発揮して驚いている。自分からどんどん友達を誘って遊びに行かせてもらったり、ランチやディナーを友達の家で食べさせてもらったり、Can I sleep over?と単刀直入に聞いて、お泊りさせてもらったり。日本では友達の家にお泊りなんてしたことがなく、まさかのお泊りデビューがメルボルン。

通っていた小学校に連絡し、放課後に校庭で遊ばせてもらった

英語がわからなくなっている、と言いながら、こちらでベストフレンド同士の男子二人(A君とB君)の間に入り込んで、それぞれの家に交互に遊びに行っている。昨日なんて、A君とB君が通っているスイミングスクールにまでついていき、スクールの前後で一緒に泳ぐというアクティブさを発揮。冬のメルボルンに水着は持ってきていないので、A君のお母さんが貸してくれた(やさしい)。A君のお母さんがさらに気を利かせてくれて、もう一人の仲良しのC君に声をかけてくれて、その兄弟も含めて男子ばかりでわいわい金曜日の夜にプールで遊んでいた。ちなみに次男の場合、仲良しの友人は全員、日本人バックグラウンドではないので、私は必然的にオージーのお母さんたちとやり取りすることになる。

 

こうやって親同士が連絡を取り合い、連携して子供の送迎を行うことを私たちは日本で経験していないので、なんだか懐かしかった。昨日、A君+弟、B君+弟、C君+弟、そして次男というメンバーでプールに行った際に、行きはA君のお母さんに連れて行ってもらったが、A君のお母さんはA君の弟のレッスンが終わるまで待つ必要があり、B君のお母さんはB君の弟と先に帰る必要があったため、B君のお父さんが登場し、A君、B君、次男の3人をプールからピックアップしてA君の家にドロップオフし(家にはA君のお父さんが待機)、C君のお母さんがC君と弟、私を連れてスーパーで買い物してからC君をA君の家にドロップオフ、A君の家で子供たち全員ディナーを食べさせてもらい、そのままB君と次男はスリープオーバーするという体制。

どんな観光名所にいくよりも、友達と地元のプールで遊ぶ方が楽しい

日本は集団主義でオーストラリアは個人主義、と口をそろえて皆が言うけれど、こと子育てに関してはよっぽどオーストラリアの方が集団主義だと感じた。日本での子育ては、他人に迷惑をかけてはいけない、という共通認識で誰かの世話になることに非常に敏感。家ごとのルールがあったり、食べるものがどうとか、いちいち気にすることが多い。比べて、オーストラリアでは親同士の連携や助け合いがすごい。それぞれの家でご飯を食べたり(ピザやパスタなど簡単なもの)、車社会なので習い事のピックアップやドロップオフを親同士がシェアして効率的にやろうとしたり。とてもじゃないけど個人主義では回っていかない。

 

私たちが一時滞在のゲストだからいろいろしてくれているという側面はあるとしても、普段の生活の中で親たちが連携して子育てをしている姿を見ることができて興味深かった。もし私たちがまたメルボルンに住むことになったとしたら、いよいよ私も車の運転を避けて通れないなあと改めて思ったり。助け合いで成り立っているから、自分だけがフリーライダーになることはできない。こちらに住んでいた時はロックダウンが長くて、そういった交流が頻繁にはなかったから、何とかやり過ごせたけど。

 

他にもたくさん書きたいことがたまっているので、こちらにいる間に感じたことを残しておきたいと思う。

 

前回の滞在記はこちら。

 

fourty.hatenablog.com