40代からの博士課程留学

41歳でオーストラリア・メルボルンで博士課程留学(社会学)を始めた自分、現地小学校に通う子供のこと、家族での海外生活などを綴る。2023年3月帰国、11月に博士号取得。現在は東京にある外資系企業で勤務。

大学院での非常勤講師が始まった

2025年11月から、東京の私大の大学院での非常勤講師を始めた。このブログにも書いているが、非常勤講師をやること自体は1年くらい前から話があり、ブログを遡ってみると1月の時点でシラバス作成に着手し、授業の準備は8月から実施したようだ。会社員という本業をしながらだと、時間の流れ方がよく分からなくなってしまう。

 

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大学院は学際的なコースで、社会人が多いが、学部から上がってきた修士の学生や留学生も中にはいる。土曜日の午前中、100分×2コマを7回分、トータル14コマのミッション。初回の週は、たまたま本業もハードな週となってしまい、金曜日には他部署に所属する100名以上の社員の前でプレゼン、オンラインのクイズMentimeterを初めて使って、舞台上のパフォーマーとしても頑張った。翌日の土曜日はゆっくり休みたい気分なのに、頑張って朝5時起き。まだ暗いうちから授業の予習をし、7時に家を出た。

 

生活に余裕がなくなる感じに不安を持ち、引き受けるべきじゃなかったかも…とやる前から少し後悔したが、無事に初回の2コマを終えて、最後まで走り抜けよう!と覚悟を新たにした。最初の100分間はほぼ私が話す。学際的、かつ社会人大学生が多いクラスだが、コンサルがやるセミナーとは一線を画すつもりで、私自身がオーストラリアに留学して1から学び直した理論をベースに組み立てた。100分も話すと喉がかすれる。水分補給と龍角散のど飴が必須。

 

次の100分間は、前半の100分をベースにしたケーススタディとディスカッション。かなり盛り上がり、時間があっという間に過ぎる。私はここでは聞き役。だから200分ぶっ続けでもなんとか成り立っている。

 

受講者は、会社員が多いと思いきや、医師、薬剤師、公務員、留学生など幅広くいてびっくり。ディスカッションや質問をしていて、社会人学生だから本気で学びに来ている、というだけでなく、各人の経験の積み重ねもあるし、これはバイアス入っているかもしれないが、医師の人からの質問に少し身構えてしまう自分もいる笑。

 

7セット分の授業のうち、5回目までは概ね準備できているが、その後はこれから作らねばならない。会社の休みの日や年末年始を使って、何とか仕上げるつもり。準備をきちんとしていれば、当日、良い授業を行うことができる(逆もしかり)。会社員の仕事とは異なり、準備が9割を占めると思った。

 

まだ始まってもいない時に、来年も引き受けるかどうか、大学の事務から連絡。こういうの、会社員の世界だと変だけど、大学では普通のこと?とりあえず引き受ける前提で希望の曜日と時期を伝えた。そうしたら仮押さえで来年は6月~7月頃になりそう。日が長い時期だから、その方が朝活しやすいし、ありがたい。今年は1回目なので大変だけど、来年以降、ベースがあるから楽になると思う。報酬は同じだろうから、経済的な視点からも続けることはプラスになる。

 

最近、会社員の仕事をもう少し続けたいなあ、という気になっているので、大学教員の方にキャリアの軸足を移すのは少し先になりそうだけど、この経験は無駄にはならないだろう。今、研究へのモチベーションはかなり低いが、教員活動は自分に合っている気がしている。何せ、テーマだけが与えられて、そこからゼロベースでシラバス組み立てて、授業を構成して、課題を出したり、ディスカッションしたり、とてもクリエイティブな仕事だと思う。

 

そんな中、日本語で出した論文の査読結果がきたり(あまり芳しくなくて、再提出するかどうか考え中)、オーストラリア時代に出版した事例集の編集者から、また別のテーマで原稿出してみないか打診があったり(やりたいけど時間の捻出が難しそうなので、断ることになるかな…)、日本の学会の理事としての奉仕活動が色々と入ってきたり、細々とポスドク的な活動はあるのだけど、月~金フルタイムで会社員をしていると、自然と自分の関心もそちらに引っ張られていく。あまり深く考えずに、目の前にあることをやる時期があっても良いと思っていて、今は会社員の仕事と大学院の非常勤講師という2つの仕事をきちんとするだけでも十分だと自分に言い聞かせている。

 

もし2つの人生を同時に経験出来たら、1人目の自分は会社員をしていて、2人目の自分は大学で働いていると思う。でも現実問題、身体も頭も1つしかないから、平日は会社員をして週末に非常勤講師をしている。軸足が逆になった時の想定は、大学で教員/研究者をしながら、企業の社外取締役やアドバイザーをするというもの。将来的にそちらにシフトする自分の姿は見えているのだけど、いつ実行に移すかはまだ自分でも分からない。

土曜日だけ「先生」と呼ばれる生活が始まった