3年ぶりに国内学会で発表した。前回は2022年、メルボルンから東京に出張し、発表した直後に、コロナに感染した。あれから3年、もう3年なのかまだ3年なのか。確かなのは、当時とは色々な状況が変わっていること。パンデミック中、メルボルンでロックダウンされていたとき、日本の学会をネットサーフィンで見つけ、オンラインで加入してから初めて参加したのが前回。誰一人として知り合いがいない中、私のことを気にかけてくれた先生がいた。
その縁が今までつながって、先生が教えていた東京の私大でこの秋から非常勤講師をすることになったし、この学会の理事にも推薦してもらえた。その背景には博士号を無事に取得できたことが大きいように思う。前回はアウトサイダーとして参加した学会だったが、今回は理事として会議にも懇親会にも出席した。
肝心の発表は準備不足もあり60点くらいの出来だったが、でも何もやらなかったら0点だから、それよりは良いと思っている。数日前の夜に、この学会の研究部会で練習のような形で発表した時にもらったフィードバックを、学会発表当日の朝に資料に反映。日本語とはいえ、もう一度全体を通して練習した方が良かったが、その時間もなく、ぶっつけ本番。時間配分を間違えて、最後が駆け足になってしまい、反省。でもこの場でもたくさんの良いフィードバックをもらえて、テーマに対する自分の理解が2段階くらい深まったと思う。それが何よりの収穫。
この学びを反映した形で、フルの投稿論文を書くつもり。9月が締め切りなので、あまり時間がない。以前所属していた日系大企業は夏休みが1週間くらいがっつりあったので恵まれていたけど、今の外資系は夏休みが無い。外国人の役員たちは1か月くらい休むけど、通常の社員は年休がトータル12日くらいととても少なく、私はもう数日しか残っていない。夏休みに国内旅行に行ったらほぼ使い切りとなってしまう笑。だから、平日の早朝や週末の時間を使って、また論文を書いていく必要が出てきた。1つの仕事を終えたら、次の仕事が出てくるから、全然暇になることがない。
この3連休には、国際ジャーナルに投稿された論文の査読も完了させた。最初の数行で分かった。これは学生が書いた修士論文なのかな?英文のクオリティが低いだけでなく、論文の体をなしておらず、文献調査も不十分。自分が論文の中で使っている言葉の意味を自分でよくわかっていないように見える。ロジックもめちゃくちゃで正直読んでいて辛いレベルだった。辛口だけどよくこれでデスクリジェクトされなかったなと。日本人が書いたことはほぼ明らかなので、チャレンジを応援したい気持ちもあるが、そもそも英文の論文を読み込んでいないことがバレバレ。そんな簡単じゃないよ。もっと頑張ってほしいという気持ちを込めて、いくつかコメントを返した。
ダメということがわかるから、それを言うだけなら簡単だけど、将来アカデミアで仕事をする予定の私としては、自分が学生の指導を受け持った時にどんなフィードバックをするだろうか、と想定しながら、その人のためになるように、という気持ちを持ちながら厳しくコメントした。私が博士課程を始めたばかりの頃、私の指導教官も同じように思っていたのかな。根拠がない主張、客観的事実と主観の混在。単語1つ1つに対するこだわりのなさ。もしこれが学生ではなく、プロの研究者によって書かれたものであれば、日本の大学のレベルを疑う。
先週は、メルボルンの大学の同じ学部で同じ時期にPhDをしていたガーナ人の友人と東京で再会した。彼は修士課程を六本木にあるGRIPSという大学院で修了しており、日本に4年間住んだ経験がある人。久しぶりに日本に遊びに来たということで、私の会社がある駅まで来てもらってランチした。
彼は、PhD修了後に運よく同じ大学でフルタイムのLecturerのポジションをゲット。なかなかできないことなので、本当にラッキーだと言っていた。私の副指導教官と同じフロアで働いている話、オージーの学部生があまりいうこと聞かないという話(ガーナや日本では先生に対するリスペクトがある)、博士論文を書籍化するためにブックプロポーザルを出版社に売り込んでいるという話など、短いランチの間だったけど、一瞬メルボルンに自分がいるような気分になった。ガーナから家族を呼び寄せて、PRをとる準備をしていること、家賃が高すぎるのでもっと田舎に引っ越すことなども。
その時にもジャーナルへの投稿や査読の話になった。彼の方針としては、自分の論文が1つアクセプトされたら、2つの査読を引き受ける、ということだった。とても明確な考え方で私も見習おうと思った。私の場合、国際ジャーナルにはこれまで3本の査読付き論文が出版されているが、自分が査読した論文はまだ2つ。彼の計算方法を適用するとアカデミックコミュニティに4本の借りがある。でも実際に私が書いた論文を査読してくれた人はもっと多くて、今カウントしてみたら、3本の論文出版に対して16人のレビュアーがいた!1本目は5名(3名+2名)、2本目は3名、3本目は8名(3名+5名)。そうすると借りは14本になる。実際には、正指導教官や副指導教官との共著なので、先生たちがせっせとレビューしてくれていたら(実際正指導教官はかなりレビューしていて、AoM学会からレビュー貢献者賞をもらっていた)、私は1本につき1~2本で良いはずだけど。
しばらくは、国際ジャーナルから査読依頼が来たら、なるべく断らずに受けなくてはなあ…と思った。