40代からの博士課程留学

41歳でオーストラリア・メルボルンで博士課程留学(社会学)を始めた自分、現地小学校に通う子供のこと、家族での海外生活などを綴る。

研究の目的、理論と現実

月曜日の指導教官とのミーティングの後、指導教官からこれを読んだらよいよ、という論文を3つほど教えてもらった。昨日さっそくそれらの論文、またその論文が引用している関係論文を読み込んでいたが、頭の中がとても混乱し、そして今少し整理されている。推奨された論文は主に私の研究テーマで使われているTheoryやFrameworkについて書かれている。思い返してみれば、1年前にResearch proposalのドラフトを指導教官に送った時に、Theoretical frameworkについて考えてみるとさらに良い、というアドバイスをもらったが、今やっとその意味が分かってきた(その時は自分なりに理解して書き直してOKをもらったが全然答えになっていなかったということでもある)。

 

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もともと私が研究をしたいと思ったきっかけは、実務の最前線で試行錯誤を繰り返しながら仕事をしている中で、迷ったときや悩んだときに大学の先生に聞いてみたり、ネットで調べてみたり、本を探してみても、答えが見つからなかった。ということは、私が悩んでいることは、まだ誰も解明できていないことなのでは?と思うようになり、じゃあ自分で研究して解明すればよいのでは、と考えた。そうすれば、自分の仕事にも役に立つし、他に同じように悩んでいる人へのヒントにもなるはず、と。つまり、研究テーマは非常に実社会に即したもの。

 

そしていざPhDコースが始まり、既存研究を調査する中でまず最初に感じたのは、アカデミアの世界よりも実務の世界の方が何歩か先に進んでいるのではないか、この分野の学者たちの存在意義はあるのだろうか?ということ。いくつか論文を読んでいる中で、論じていることがちょっと的外れだな、と思うことがあったり、こんなに理論こねくり回してこの人は何がしたいんだろう?と感じることもあった。それが先週の印象。

 

そして今週になり、月曜日に先生から、AとBの言葉の使い方はもう少し注意した方が良いというアドバイスと理論的フレームワークについて再度コメントがあった。実務ではAとBはほぼ同じ意味で使われているが、確かに定義があやふやな言葉。おすすめしてもらった論文は、Aについての学派とBについての学派の成り立ちや潮流、現状と未来について書かれているものだった。

 

それについて読み込んでいる中で、研究(もっというと学問)の目的は何だろう、と考えるに至った。研究は実社会に貢献するのが前提と勝手に思い込んでいたが、研究自体が目的ということもあるのかもしれない。それは理論構築に一生懸命な学者の論文を読んで感じたこと。私の研究分野では、学者たちが理論構築に没頭している間に、実社会はものすごいスピードで動いており、アカデミアと実務に乖離が起きていることが分かってきた。そのことに衝撃を受けて混乱していたところ、同じような指摘をしている学者の論文を見つけた。その人はアカデミアの雑誌と実務者が読む雑誌の記事を分析し、Aの分野については、どうやら実社会の方が先に進んでいることは明らかなようなので、今さら学者が定義等を議論することの意味は薄いのではないか?それではこの分野におけるアカデミアの役割は何だろうか?実社会の現象を整理して理論的なお墨付きを与えることだろうか?実社会の動きを分析してより効率的な方法を提案することだろうか?実際のインパクトを測定する方法を生み出すことだろうか?など、Conclusionのパートで疑問を投げかけていた。

 

自分の研究について改めて考えてみると、最初は意味が分からず、敬遠していたTheoryの研究は避けては通れない、ということが分かってきた。というより、むしろ今はTheoryを学ぶことも面白いな、と思い始めている。関係するTheoryをとことん知り尽くした上で、実社会で起きていることをどのように分析、解釈するのが良いのか検討し、実務者としての視点と研究者としての視点を両方使いながら研究していくのが自分にとってしっくりくる。実際、それをどう進めていくのかについてはまだアイデアがまとまっていないが、実社会で起きていることを分析、解明(解釈)するのに、1つのTheoryだけを使うのは論理的ではない(なぜそれを選んだかという妥当性の説明がしきれない)ので、関連する複数のTheoryを使うことになるのでは、という気がしている。

 

研究がすべて実社会にそのまま「役に立つ」ことだけになってしまったら、味気ない世の中になりそうなので、純粋な研究があっても良いとは思うし、分野によってはそういう領域が残っていないといけないような気もする。ただ、私にとっては自分の研究の出発点からして、実社会への貢献は軸となっている。欲張りすると、Theoryの適用(もしくは不適用)を証明することでアカデミアの世界にも多少貢献できると良いなとも思う。そしてこんなことを考えている自分は、まだまだ研究の入り口にいるんだなということを改めて実感した。