40代からの博士課程留学

41歳でオーストラリア・メルボルンで博士課程留学(社会学)を始めた自分、現地小学校に通う子供のこと、家族での海外生活などを綴る。

Why PhD?

今働いている会社は、自己啓発、キャリア形成を目的として従業員が大学院等で学ぶ際に休職できる制度がある。休職中は無給になるが、会社にとっては従業員を辞めさせずに済む、従業員にとっては戻る場所がある、ということで双方にとってメリットがある制度と理解している。

 

先週、この休職制度を使うための必要な書類を人事に提出し、昨日面談が設定された。面談は自分、自分の上司、人事の担当者という形で行われた。まだ制度ができてから日が浅いこともあり、人事の人も休職制度について丁寧に説明をしてくれた後、今回休職して大学院に行きたい理由、なぜ3年間の休職が必要なのか(制度は通常2年で最長3年という決まりのため)、という点を直接説明するように求めらた。

 

休職して大学院で研究したい理由を改めて話すことで、自分自身のやりたいことを再確認する良い機会となった。この点については社会にとっての貢献も主張できるし、会社にとっての貢献も主張できる(今回は人事との面談なので、主に会社にとっての貢献を主張)。一方、なぜ2年間ではなく3年間休職が必要なのか、という点については、正直理由が薄いと自分でも感じた。研究をするだけなら、2年間でも良い。3年休むのは自分の中でより高い目標として「博士号」の取得を目指しているから。人事からは、博士号をとることは今の仕事に必要か?何がプラスになるのか?と問われたが、正直に、今の仕事には博士号は必要ではないし、取得できたとしてもそれがどの程度組織にプラスになるかはわからない、と答えた。世の中、博士号が必要になる仕事なんて限られているし、通常企業で働く際はほとんど必要ない資格のように思われる。あくまで自分が研究を進めるための目標として博士号の取得を考えている、ということを伝えた。(もし今の仕事に博士号が必要であれば、会社が費用を負担して博士号を取らせるべきだし、実際そういう制度もある。主に研究職の何名かが使っている。)

 

改めて考えると、自分にとってなぜ「博士号」か?の答えははっきりとしていない。将来的に企業ではなく大学で働くという選択肢も広げたい、という気持ちはあるが、正直今のところ、そこまで強い気持ちでこれを感じているわけではない。修士はすでに持っているので、次は目指すとしたら博士、といったくらい。こんな気持ちでは厳しさに耐えられないだろうか?自分の中で「博士号」自体はゴールではなく、手段であり、この先の人生の選択肢を増やすための通過点として考えている。目的はあくまで研究。自分の中で疑問がわいているテーマがあり、それを多角的な視点を持ちながらも深く深く掘り下げて理論的に整理し、実社会の事例と照らしながら、自分の中で答えを見つけ、一つのモデルのような形で世に提示してみたい、という欲望は持っている。それは片手間ではできないし、コンサルの調査とも違うし、やっぱり大学院の中で一定の限られた時間に集中して行うべきだ、というのが今の考え。

 

博士号、なぜ必要?という質問については、「いや、別に必要ではないです。研究をドライブするための目標として設定しています」としか答えられない。そういえば、これは修士の時も同じで、別に修士号が欲しくて大学院に行ったのではなく、自分が興味を持ったテーマを学ぶための手段として、ちょうどよいのが修士だった。博士号はそんなに甘くないだろうが… 実際にコースに入ってみてこの考えが変わるのか、自分でも興味がある。

 

もし会社から休職制度の利用が認められない、と言われたら、会社は辞めるつもり。さすがにこれは面談時には言わなかったけど。